下北沢通信

中西理の下北沢通信

現代演劇やコンテンポラリーダンス、アイドル、ミステリなど様々な文化的事象を批評するサイト。ブログの読者募集中。上記についての原稿執筆引き受けます。転載依頼も大歓迎。simokita123@gmail.comに連絡お願いします。

劇団野の上「不識の塔」@こまばアゴラ劇場

■出演
乗田夏子 藤本一喜 鳴海まりか 山田百次 三上晴佳(渡辺源四郎商店) 佐々木英明(特別出演)
■スタッフ 舞台美術/鈴木健介(青年団) 照明/高野実華(弘前大学劇研マップレス) 相談役/赤刎千久子
題字/FUJIMOTO☆KAZUKI 制作/劇団野の上
 《東京公演》主催:(有)アゴラ企画・こまばアゴラ劇場 企画制作:劇団野の上/(有)アゴラ企画・こまばアゴラ劇場
技術協力:鈴木健介(アゴラ企画) 制作協力:木元太郎(アゴラ企画) 芸術監督:平田オリザ
■協力 青年団・渡辺源四郎商店・弘前大学劇研マップレス・劇団夢遊病社・青森大学演劇団健康・青森山田高等学校演劇専攻科・夏井澪菜
明治の終わり。津軽は石目屋村(いしめやむら)の山中に、高さ20メートル幅6メートルのレンガ造りの巨大な塔が突如として現れた。施工主はその辺り一帯を開拓した権堂主(ごんどうつかさ)。主は開拓記念として自らその塔を建てた。大正の中頃。自らの死期を悟った主は、塔に身内を集め最後の願いを託すのだった・・・。〜津軽に現存する塔と実在した人物をモデルに、劇団野の上が描く予測不能な男と女のお話。

 劇団野の上は元弘前劇場の山田百次、乗田夏子、 藤本一喜らによって結成された劇団。弘前劇場同様に津軽地方の地域語(方言)を使うが弘前劇場のそれが現代口語としての地域語の微妙な変化を通じて、その背後に潜む隠された関係性を提示する「関係性の演劇」であったのに対して、作・演出の山田百次が持ち込んだのはまったく異なるアプローである。
 速射砲のように繰り出される津軽方言はよそ者にはほとんど意味が分からないほどだ。だが、実際に舞台を見てみると生身の俳優から発せられるセリフは単なる「意味を伝達する言葉」ではなく、それ自体が意味を超えて、モノ性・身体性を持って観客に迫ってくる。さらに野の上では東京・関西の洗練された舞台ではちょっとありえない野性味あふれる女優たちがそうした方言の魅力をさらに拡大しているが、むき出しの魅力の爆発にはただただ圧倒されるしかないのだ。
 劇団野の上は山田が弘前劇場時代に上演した「臭う女」の再演で旗揚げし、その後、第2回公演としては「ふすまとぐち」を上演したが、これらはいずれも家族の問題などを取り上げた現代劇だった。これに対して、今回は明治の終わりごろに実在した人物を取り上げた。
 表題にもなった「不識の塔(不識塔)」は青森県西津軽郡西目屋村にあるレンガ造りの不思議な形をした塔である。老朽化のために補強工事がなされていて、当時の姿を実際に見ることは難しいようだが、建物自体は現存している。明治時代に事業家として成功した斎藤主(つかさ)という人物が建てた塔なのだが、奇妙なのはその形だけではなくて、死期を悟った斎藤が「遺体は永久保存の処置をして不識塔に埋葬するように」との遺言を残したため、藤の死後、遺族は遺言にしたがい、ホルマリン等を使った遺体の処置をしてもらい、塔の祭壇の下に埋葬したというまるで昔の推理小説にでも出てきそうな逸話があり、山田はこの不思議な人物に興味を持って舞台化を試みたと思われる。
もっとも、舞台は一応、斎藤主をモデルにした権堂主(ごんどうつかさ)という人物は登場するが、実際の斎藤の伝記的事実を基にした評伝劇などではまったくなくて、かなりブラックな土俗的コメディーともいえるものに仕上がっている。