下北沢通信

中西理の下北沢通信

現代演劇やコンテンポラリーダンス、アイドル、ミステリなど様々な文化的事象を批評するサイト。ブログの読者募集中。上記についての原稿執筆引き受けます。転載依頼も大歓迎。simokita123@gmail.comに連絡お願いします。

渡辺源四郎商店『どんとゆけ』『だけど涙が出ちゃう』@こまばアゴラ劇場

渡辺源四郎商店『どんとゆけ』『だけど涙が出ちゃう』@こまばアゴラ劇場

f:id:simokitazawa:20191101142259j:plain
渡辺源四郎商店「どんとゆけ」
畑澤聖悟作演出の「どんとゆけ」と工藤千夏作演出の「だけど涙が出ちゃう」の2本立て。いずれも被害者家族が自らの手で死刑囚の死刑執行を行うという架空の「死刑員制度」が導入された世界での「異世界」SF演劇。「どんとゆけ」は2008年が初演だが、今回工藤千夏がその前日譚にあたる新作「だけど涙が出ちゃう」を書き下ろし同時上演することになった。
 「どんとゆけ」には死刑囚と獄中結婚を繰り返す青木しのというある種怪物的とも思われるような不思議な女が出てくるが、「だけど涙がでちゃう」ではどうして彼女がそんな存在になってしまったのかについての理由の一部が分かるような過去エピソードが語られる。
 「どんなゆけ」を前に見たのが2011年5月ザ・スズナリ。畑澤聖悟乾坤の力作であったのだが、当時は3・11からまだほどない時期だったこともあって、その時期に東北から来た劇団が震災と何の関係もないしかもそれを見て励まされるという類ではないヘビーな内容の舞台を見せられることについて耐え難いというような空気感がスズナリの客席に流れ、いたたまれないような気分になった記憶が朧気ながら残っている。
 再々演まで時間がかかったのにはそうした空気感が払しょくされるまで、時間がかかったことに加え、当時看板女優であった工藤が主演した舞台だったこともあり、畑澤の目に青木しの役の後継がしばらく見当たらなかったからかもしれない。
「死刑員制度」自体は実際にはありえないし、荒唐無稽なものではあるけれど、凶悪犯罪の場合、報道などでよく被害者感情ということが取りざたされることを考慮に入れると「あってもおかしくないか」という程度のリアリティーは感じさせる。ただ、もしあったらこんなこともありうるという「どんといけ」の妻と死刑囚の妻、青木しのバトルには思わず笑ってしまうところもある半面、それを言っちゃったらシャレにならんだろうという態度にハブ対マングース的な戦いの構図も浮かび上がる。
 死刑囚の前で被害者の妻は本人に彼の家族が彼の犯罪のせいで皆不幸になって姉が結婚できず風俗落ちしたとか、家族が自殺したと言い放つ。そうしたうえで彼女は自ら死刑執行の手を下すことを決断するのだが、それも夫の死後付き合っていた勤め先の店長に「人殺しとは結婚できない」と言われて破談にされてしまうという犠牲を受け入れてのことなのだ。この後、彼女はどうなってしまうのか。一生今回の選択を心の奥底で悔やみ続けることになるのかもしれない。
 もともとは犯人の犯行がすべての原因ではあるのだが、それは被害者の命を奪うだけではないのだということをいろいろ考えさせた。 

『どんとゆけ』 作・演出:畑澤聖悟
『だけど涙が出ちゃう』 作・演出:工藤千夏


2008年の『どんとゆけ』初演当時、施行直前であった裁判員制度のパロディとして
畑澤聖悟が考案したのが、二つの作品のベースとなる「死刑員制度」です。
畑澤聖悟は、死刑制度は踏み込めば踏み込むほど果てしない「深い森」だと語ります。
観客の皆様とともに、その深い森に、さらにさらに深く、迷い込んで行けましたら幸甚です。

出演

『どんとゆけ』
田中耕一(劇団雪の会) 三上陽永(虚構の劇団、ぽこぽこクラブ) 小川ひかる 木村知子 佐藤宏之 工藤和嵯

『だけど涙が出ちゃう』
各務立基 山藤貴子(PM/飛ぶ教室) 天明留理子(青年団) 畑澤聖悟 三津谷友香

スタッフ

○音響:藤平美保子 ○照明:中島俊嗣 ○舞台美術・宣伝美術写真:山下昇平
○舞台監督:中西隆雄 ○宣伝美術:工藤規雄+渡辺佳奈子
○プロデュース:佐藤誠 ○制作:秋庭里美 佐藤宏之 木村知子 奈良岡真弓
○舞台監督助手:山上由美子 末安寛子 工藤和嵯

simokitazawa.hatenablog.com