下北沢通信

中西理の下北沢通信

現代演劇やコンテンポラリーダンス、アイドル、ミステリなど様々な文化的事象を批評するサイト。ブログの読者募集中。上記についての原稿執筆引き受けます。転載依頼も大歓迎。simokita123@gmail.comに連絡お願いします。

小田尚稔の演劇 「是でいいのだ」“Es ist gut”@三鷹SCOOL

小田尚稔の演劇 「是でいいのだ」“Es ist gut”@三鷹SCOOL

震災から9年たった2020年3月11日に小田尚稔の演劇「是でいいのだ」@三鷹SCOOLを見た。実は東日本大震災を主題として扱った演劇について考える「東日本大震災と演劇」というレクチャーを企画していたのだが、それをやろうと考えていたAICT日本センターの劇カフェが女性問題についてのテーマにやるということにきまったため、その枠組みで企画を行うことは延期となった。
 企画に際して「震災演劇ベスト10」も選びたいと考えており、知名度こそ劣るけれども「是でいいのだ」は岸田國士戯曲賞を受賞している飴屋法水「ブルーシート」や最近同賞を受賞したばかりの谷賢一「福島三部作」、高校演劇で伝説的な作品となっている畑澤聖悟「もしイタ~もし高校野球の女子マネージャーが青森の『イタコ』を呼んだら」などと並び有力なベスト候補だと考えている。
初演は2016年10月の新宿眼科画廊。2018年から上演会場を三鷹SCOOLに移し、毎年3月11日を日程に含むスケジュールで上演しており、今回が4回目となった。興味深いの橋本清以外のキャストが毎回全員入れ替わっていることだが、おそらく演劇経験は浅いと想像されるものの今回も特に女優3人(小川葉、澤田千尋、濱野ゆき子)は印象的でキャスティングの妙は毎回この作品の大きな楽しみである。

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小田尚稔の演劇「是でいいのだ」 “Es ist gut”
 関西という被災地から遠く離れた地にいたせいで、震災についての記憶は津波による被害や福島第一原子力発電所の事故など直接的なものというよりは震災後の特に言説におけるディスコミュニケーションに対する記憶としてより強く残っている。そのため、被災地ではない東京における地震直後の状況をビビッドに描き出したこの舞台はその当時の東京の空気感を知らない私にとっては新鮮なものであった。
中でも興味深かったのは震災当時就活をするために新宿におり、公共交通機関が止まったために帰宅難民となり、アパートのある国分寺に向けて歩いた若い女性(小川葉)のエピソードがこの作品の中核部分をなす。実は当時東京の住民が被災者でもなんでないのに被災者めいた発言をすることに関西にいて大きな違和感を抱いていたのだが、実際の被害以上に公共交通機関の停止とこの後原発事故対応で続くことになる計画停電の影響が大きいのかもしれないと思った。
 彼女は被災地である東北の出身でもあり、故郷の両親への携帯が繋がらなくなり安否が不明の不安のなかで歩き続けるのだが、そうした個人ごとに異なる体験がこの時に無数にあったのだろうということをこの舞台は5人の人物を描いていくことで思い起こさせる。
 演劇としての様式は現代口語的ではあるのだが、小田尚稔の作品では通例として哲学や思想関連の古典的な著書を引用して、現在(現代)と普遍的な思考を結びつける。「是でいいのだ」で取り上げるのはイマヌエル・カント『道徳形而上学の基礎づけ』、V・E・フランクル『それでも人生にイエスと言う』である。カントなどといえばフランス現代思想に慣れ親しんだ現代思想好きにとってもとっつきにくい印象は強い。それゆえ、現代口語的な地の表現に引用としてカントのテキストが入り込む小田の作品構造は単なる日常的な描写よりも普遍に開かれているようではあっても現実との距離感が測りかねるようなところもある。
 ただ、この作品では東日本大震災という未曽有の出来事(つまり特異な非日常)を媒介として、震災直後の東京の風景、そして、このような逆境や、自分の人生の境遇や環境を受け入れ、少しでも前に進んで乗り越えようとしている人々をやはり強制収容所という極限的な体験を礎に救いへの思考を構築したV・E・フランクル、そして彼が拠り所としたカントの思想を通じて提示していく。 

小田尚稔の演劇

「是でいいのだ」 “Es ist gut”

脚本・演出 小田尚稔
出演 小川葉 加賀田玲 澤田千尋 橋本清 濱野ゆき子

登場人物のひとりである女は、就職活動の面接の前に立ち寄った新宿のマクドナルドで被災する。電車が動かないので、徒歩で家がある国分寺まで帰宅しようとする。中央線沿いを歩く最中、彼女は当時のさまざまな風景をみて、それらの様子から回想をする。歩き疲れて夜空の星をみながら、震源地からも近い実家に住む両親のことを想う。そのときにみた星空の様子は、カント (Immanuel Kant:1724-1804)『実践理性批判』の「結び」の一節、 「ここに二つの物がある、それは〔略〕感嘆と畏敬の念とをもって我々の心を余すところなく充足する、すなわち私の上なる星をちりばめた空と私のうちなる道徳的法則である」カント『実践理性批判』(岩波書店波多野精一・宮本和吉・篠田英雄訳、1979年、317頁)とともに語られる。

「是でいいのだ」は、イマヌエル・カント『道徳形而上学の基礎づけ』、V・E・フランクル『それでも人生にイエスと言う』という著作を題材にしている作品でもあります。
「君は、みずからの人格と他のすべての人格のうちに存在する人間性を、いつでも、同時に目的として使用しなければならず、いかなる場合にもたんに手段として使用してはならない」カント『道徳形而上学の基礎づけ』(光文社古典新訳文庫中山元訳、2012年、136頁) 。
フランクルの上記著作の冒頭には、カントの「道徳法則」についての引用がなされています。V・E・フランクル(Viktor Emil Frankl 1905-1997)は、ホロコーストの際アウシュヴィッツに送られ、強制収容所での体験をもとに著した『夜と霧』の作者でもり、極限的な体験を経て生き残った人物です。
本作では、2011年3月の東京での出来事と、カントやフランクルの思索との接続が狙いでもあります。登場人物を通して語られる震災直後の東京の風景。そして、このような逆境や、自分の人生の境遇や環境を受け入れて、少しでも前に進んで乗り越えることをこの物語で描いています。
「是でいいのだ」の公演も今回で四度目です。今回も素敵な出演者、スタッフの方々に恵まれました。ご観劇頂いたお客様の心のなかにいつまでも残り続けるような、いい上演になるように努めます。



SCHEDULE
2020年3月11日(WED)-3月15日(SUN) [全8回公演を予定]
3/11 (WED) 19:00-
3/12 (THU) 14:00- /19:00-
3/13 (FRI) 19:00-
3/14 (SAT) 14:00- /19:00-
3/15 (SUN) 14:00- /19:00-

※上演時間は約2時間20分程度を予定しております(途中5分程度の休憩が御座います)。
※3/14(SAT)19:00-の回は、上演の記録映像の撮影を予定しております(客席の一部に撮影用のカメラが入ることをご了承下さい)。



ACCESS
SCOOL
〒181-0013
東京都三鷹市下連雀 3-33-6
三京ユニオンビル 5F
三鷹駅南口・中央通り直進3分、右手にある「おもちゃのふぢや」ビル5階

TICKET
全席自由席・日時指定
予約2800円 当日3300円 学生2500円

※ 受付は各回開演の40分前、開場は20分前です。
※ 飲食の持ち込みはご自由です(ただし、上演中、なるべく音の出ないようにお願いします)。

新型コロナウイルス等の対応につきまして

現状公演については通常通り行う予定で御座います。以下二点の方針で進めてまいります。
① 公演関係者に感染者及びその疑いがある者がいる場合速やかに病院にて検査を受け公演自体開催の中止を検討する。
② 当日会場ではマスク及びアルコール殺菌などをご用意してご使用して頂けるように致します。
尚、今後の状況に応じて変更点など出てきましたら適宜更新してアナウンス致します。
公演最終日まで関係者一同衛生管理に気を付け、ご来場して頂きましたお客様に楽しんで頂けるよう努めますので、よろしくお願い致します。

※ 2020年1月1日より下記のURLよりご予約を承っております。
https://481engine.com/rsrv/pc_webform.php?d=3e72bd6d53&s=&PHPSESSID=afce3ee5be3d535e653db76421aab7cf

STAFF
音楽 原田裕
音響 久世直樹
記録映像撮影 南香好
宣伝美術 渡邊まな実
協力 シバイエンジン ブルーノプロデュース
企画・制作 小田尚稔

simokitazawa.hatenablog.com

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odanaotoshi.blogspot.com

◆小説『是でいいのだ』に寄せて
「小田尚稔の演劇」と「小説」/佐々木 敦

語り手の身体/滝口悠生

◆小説
是でいいのだ/小田尚稔

『悲劇喜劇』2020年3月号

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  • 発売日: 2020/02/07
  • メディア: 雑誌