下北沢通信

中西理の下北沢通信

現代演劇やコンテンポラリーダンス、アイドル、ミステリなど様々な文化的事象を批評するサイト。ブログの読者募集中。上記についての原稿執筆引き受けます。転載依頼も大歓迎。simokita123@gmail.comに連絡お願いします。

お布団「ザ・キャラクタリスティックス/シンダー・オブ・プロメテウス」@アトリエ春風舎

お布団「ザ・キャラクタリスティックス/シンダー・オブ・プロメテウス」@アトリエ春風舎


お布団「ザ・キャラクタリスティックス/シンダー・オブ・プロメテウス」@アトリエ春風舎を観劇。移民の問題や管理社会、AIなど現代進行中の出来事への批評性をはらんだ近未来SF。そういう意味ではかなりよくできた作品とは思うのだが、観劇後の印象として少し理屈のみが先走りして、作品のシノプシス(概略)というか、骨組みのみを見せられているような気がするのはなぜだろうか。今回の作品を見ながらずっとそのように感じていて、その印象は最後まで変わることがなかった。
似たような感じであっても前作「夜を治める者《ナイトドミナント》」
*1の時にはそんな風には感じなかったのにどこが違うのだろうと考えてみた。まず前提として、お布団(得地弘基)の演劇の最大の特徴は舞台上での出来事はリアルに演じられるというのではなく、その演技が引き金(トリガー)となって観客側の想像力が喚起されることで成り立つようなものとなっていることだ。それゆえ、現前で展開されること自体は実際にそこで起こっていると想定されていることよりも抽象的かつ形式的であり、時にシノプシスのように感じられることがあってもおかしくはない。
 ポイントは前作がシェイクスピアの「ハムレット」を下敷きにしていて、登場する人物にもそこに登場するキャラクターを彷彿とさせるところがあり、それがリアルに感じるためのディティールを補完していた。
 ところが、今回の「ザ・キャラクタリスティックス/シンダー・オブ・プロメテウス」はギリシア神話の神々から火を盗んで人間に与えたというプロメテウスの神話を下敷きにしてはいるのだけれど、少なくとも私にとってはその具体的なイメージは「ハムレット」と比べると希薄で、何かの具体的なイメージを強烈に喚起するようなものではなかった。ひょっとするとアニメかSF小説か何か私が未見のもので、そうしたイメージを補完することができたものが存在しているのかもしれない。そうであるとすればそれを知っていればまた違う見方ができたことができたのかもしれない。しかし、それは分からないとしか言いようがなかった。
 もうひとつはこの物語のSF的な設定の方向性だ。この作品は高度な管理社会であるOEN(オリンポス経済ネットワーク)で自らのイニシアティブで「働く」ということを拒否する存在が出てきたときにどのようになるのかという一種のシミュレーションを描いている。そして、最初にそれを特定の個人として「プロメテウス」というコード名で知られる一種の反逆者的存在のことを描いた後で、それは社会全体に敷衍した後に起こる事象を描きだしている。
 もどかしく思うのは全体として「対話」とはいうものの、当事者(プロメテウス)に対する管理者側の尋問のような形をとっているためにそのやりとりはどうしても杓子行儀なものとなってしまい、そこからは想像力が喚起されるようなディティールを感じにくいということがあった。
 これが過去の回想などを自由に挿入できるアニメや小説であれば違っていたかもしれないのだが、お布団のような様式の演劇でそこから何か現前で行われている以上のことをイメージするのは困難なのだ。
 さらに言えば個人の行為が社会全体に広がっていくところ*2、ここがSF的アイデアの中で一番面白くなるはずのところだが、この作品ではかなりそこをすっとばして結論だけを急いだ感がある。そのため、どうもそこがしっかりとリンクしていない感があるのだ。これが「夏への扉*3や「月は無慈悲な夜の女王*4ロバート・A・ハインラインなら、あるいは「地球幼年期の終わり*5のA・C・クラークならばそこのところはもっと丁寧に描きこんだはずだと、この作品を見ながらどうしても思ってしまったのだ。もちろん、この作家はそういうタイプの作家ではなく、私が感じたことはないものねだりなのかもしれないのだが、そういう風に感じさせるだけのアイデアの萌芽は感じさせたからゆえにこうした思いが引き起こされたことも確かなのだ。
 

作・演出:得地弘基
新たな技術は新たな法を生み、新たな法は新たな犯罪を生む――。
OEN(オリンポス経済ネットワーク)と呼ばれる未来の社会共同体。ある日、派遣社員である「私」は、ニュースの中に自らが働く医療施設の名前を見つける。それはある収容者の死亡事故だった。だが、事件の姿は調べるうちに変貌し、過去へ遡る物語は次第に全く別の様相を見せてゆく…。
生=労働=尊厳=価値? 私たちの「ひとしさ」をめぐる悲劇?=喜劇?=コワくてクロい、SF虚言対話演劇!!!


お布団
2011年、得地弘基を中心に結成。近作は主に古典戯曲を題材に改作・上演を行う。戯曲本来の世界観と現代世界のイメージが混在するテキストや、現実と虚構の境界を浮かび上がらせる演出を用いながら、私たちを取り巻く問題を、演劇の現前性によって積極的に観客に問いかけていく。近作に「病」をテーマにした長期プロジェクト『CCS/SC』による公演『夜を治める者《ナイトドミナント》』(こまばアゴラ劇場)など。


出演
宇都有里紗、大関 愛、立蔵葉子(青年団/梨茄子)、永瀬安美、新田佑梨(青年団)、畠山 峻(円盤に乗る派/PEOPLE太)

スタッフ
音響・他:櫻内憧海
衣装:永瀬泰生(隣屋)
制作:半澤裕彦、谷 陽歩(隣屋)
当日運営:大野 創(アーバン野蛮人)

*1:simokitazawa.hatenablog.com

*2:政府のシステムへのハッキングにより、世間がいっせいに休日になるところ。やはり、ハードSFとして成立するためにはここを誰がどんな手段で、どんな目的でそれを行ったのかが書き込まれていないと納得しがたい。

*3:

*4:

*5: