下北沢通信

中西理の下北沢通信

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「ハムレット」下敷きにコロナ禍の現代日本の病症を抉り出す。お布団 CCS/SC 1st Expansion『夜を治める者《ナイトドミナント》』Bプロ@こまばアゴラ劇場

お布団 CCS/SC 1st Expansion『夜を治める者《ナイトドミナント》』Bプロ@こまばアゴラ劇場

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「死と生の境界線」を描くというのがコロナ禍以降の現代演劇の流れとなっているということを繰り返し書いているが、お布団 CCS/SC 1st Expansion『夜を治める者《ナイトドミナント》』もそういう作品となっている。
この作品の下敷きとなっている「ハムレット*1にも父王の幽霊が繰り返し現れるし、この作品で同じく参照されたブラム・ストーカー「吸血鬼ドラキュラ」*2も吸血鬼に襲われた死者が蘇る物語であるし、メアリー・シェリー「フランケンシュタイン*3も科学的方法で死者を人為的に復活させる科学者の物語。死者を生者と並置された筋立てなのだ。
 一種の寓話劇ともなっていて絵空事のようでありながらリアリティーも感じるのは自ら精神的疾患(うつ)を抱えながら創作活動を続けている作者である得地弘基自身が昨今のコロナ禍の状況で陥っている精神の危機的状況と主人公で精神疾患治療の一環として小説(戯曲)執筆をしているハムレット王子が二重重ねと見えるように構築されているからかもしれない。
 人物はハムレット(高橋ルネ)、オフィーリア(新田佑梨)、クロ―ディアス(黒木龍生)、ガートルード、レイアティーズ(橋本清)、ホレイショー(大関愛)ら「ハムレット」の登場人物の名前が冠されてはいるが、例えば城内でまだ生存しているハムレット王を病院長であるクロ―ディアスが治療中。父王ではなく母ガートルードがすでに自殺して亡くなっている。母の幽霊が城内(病院内)を徘徊しているなど物語中の人物の属性は「ハムレット」とは異なっている。シェイクスピアには原作の筋立てを生かしながらある種の現代化をほどこした上演が数多くあるけれど、この作品はそういうものではなく、人物造形のヒントとしてそれを利用しているように思われた。
 冒頭ではそのことは伏せられているが、それぞれの人物は吸血鬼、人狼、人造人間などそれぞれの属性を背負っているということも物語の進行とともに明らかになってくる。
 そういう状況であれば被製作物たる作品は若い世代が好んで描く、セカイ系的な構造となっていてもおかしくないが、そうではなくあくまで現実の社会とつながりを持った世界を描こうとしていることが興味深い。上流階級が住む南の街と貧しい人々や無戸籍の人たちが暮らす北の街の間に起こる分断。2つの街の間に高い城壁を作り、通行税を取り、交流を阻害する政府。そして最後には南に住む金持ちに搾取されていると考える北の街の人々の憎悪により、南の街には火が放たれ破滅に瀕する。この世界の状況は政権を巡って対立関係が深まった安倍、菅政権下の日本はもちろんトランプ時代の米国などの現実の戯画ともとらえることができる。
 公式サイトの解説に「《吸血鬼》、《人狼》、《幽霊》、《人造人間》、そして《人間》と五つの病を寓意化した種族がモチーフ」とあるものの、それぞれが具体的に何の病を象徴しているのかということになるとそんなに簡単ではない。父ハムレットが《吸血鬼》の末裔であり、ハムレット王子もその血脈を受け継ぐものということであれば親子関係から遺伝的な精神疾患を連想させる部分はある。ドラキュラ伝説を考慮すれば吸血鬼にはその血を吸った人間を血族に加えたり、下僕とするという属性があるが、そうした性質が遺伝的な疾患には当てはまらないこともあり、明確な比喩とは言い難い。
 ハムレットにだけ見える母の《幽霊》が意味するところが何なのかというのも定かではない。ホレイショーは院長により生み出された人造人間とされているが、これも何を象徴しているのかは分からない。
 作品の弱点をあえて挙げるとするとこうした異界の存在と登場人物のつながりがあいまいで、そうした設定が物語にいまひとつ効果的に生かされていないように感じることだ。
 とはいえ、物語全体を覆う感染症の流行を背景にした流言飛語によりこの世界が壊滅していくという状況自体はコロナ禍の現代日本を思わせる。こうしたことがどのような意味合いを持つのかついては出演者を入れ替えたAプロの観劇予定があるのでそこでもう一度考えてみたいと思う。
 舞台背景に使用された半透明膜の舞台美術やプロジェクターにより映し出される文字列などのビジュアル的要素はワークインプログレスと比べると格段に洗練されている。俳優の演技にもお布団の以前の公演のような不自然な様式化などがなく、物語の持つ本質的な分かりにくさを除けば出演者の演技スキルも向上し演劇として洗練されている印象を受けた。

作・演出:得地弘基
《吸血鬼》、《人狼》、《幽霊》、《人造人間》、そして《人間》。五つの病を寓意化した種族をモチーフに、『治る』と『治す』、『病』と『健康』、さかいと線をめぐる現代への演劇的箱庭療法。昨年のWIPを経て、新たなキャストを加えて上演されるフルスペック・バージョン。

お布団
2011年、得地弘基を中心に結成。近作は主に古典戯曲を題材に改作・上演を行う。戯曲本来の世界観と現代世界のイメージが混在するテキストを用いながら、現実と虚構の境界から、私たちを取り巻く問題を、演劇の現前性によって、積極的に観客に問いかけていく。2020年より「病」をテーマにした長期制作プロジェクト『CCS/SC』を始動し、活動中。

出演
A:宇都有里紗、大関愛、海津忠、高橋ルネ、永瀬安美、新田佑梨
B:緒沢麻友、大関愛、黒木龍世、高橋ルネ、橋本清、新田佑梨

スタッフ
演出助手:青本瑞季、江永泉、中島梓織、荻原永璃
音響・照明・舞台監督:櫻内憧海
美術:中谷優希
制作:いとうかな
制作補佐:佐山和泉、関彩葉、谷川清夏

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