下北沢通信

中西理の下北沢通信

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ホエイ「クチナシと翁」に出てくる落ち武者伝説について考えてみた ホエイ「クチナシと翁」3回目@こまばアゴラ劇場

ホエイ「クチナシと翁」3回目@こまばアゴラ劇場


何かの参考になるかと思い青森県での落ち武者伝説をネット検索してみると以下のような記事がヒットした。
www.ne.jp
前回の観劇レビューで「平家の落ち武者」ではないと書いたが、八戸市周辺の落ち武者伝説はやはり平家のもので、興味深いのは十和田市深持のそれについて書かれた記述の中に「カヤ人形」というのが現れ「カヤ人形」は悪魔の部落への進入を防止するため日夜警戒していると伝えられ、また、天明の飢饉のとき集落に妖魔を入れないため、人の代わりに立てたのが始まりとも言われている。村の東口にあるしめ縄は、悪霊などの侵入を防ぐ信仰に培われているそうだ」などという言い伝えが語られている。これは石でできたものでどちらかというと地蔵信仰に近いものに見えるが、作品中に登場する「クチナシ」とはヒトガタのものであるという意味では関係があるのかもしれない。
 青森県では類似の落ち武者伝説はほかにもあるようで中でも黒石市の「大川原火流し」は「黒石市内から東へ10キロ離れた山間の集落に残る盆の精霊送りの古いしきたり。南北朝時代の落武者がここに隠れ住み、戦乱の死者の慰霊から始まったともいう」とあり、南北朝時代の落ち武者というのがその出自を禁忌としたというのは平家よりも可能性があるように思われ、こうした実際にある言い伝えの類を複数組み合わせて、創作したものという可能性は強そう。
 劇中に出てくる落ち武者伝説のくだりを再確認してみるとこのようなものだった。

「老いたる者ども死者どもがはびこりし滅びの世に、岩戸を開げ天から降り立つ者あり。その者、青き衣をまとい、黒き従者を引き連れ、金色(こんじき)の野から我らを導かんとす。その時、この世はたちまち生者(しょうじゃ)たちの楽園と化す。その者、自らを落ち武者と名乗らんとす」

 この部分に「風の谷のナウシカ」からの本歌取りがあったのではないかということを知人から聞き及び、ひさびさに漫画版の「ナウシカ」を読み返してみたところ興味深いことが分かってきたのだ。実は両者のテキストの間にはいくつか大きな違いがあることが分かったからだ。

 「ナウシカ」の予言は2巻の終盤にこのようにある。

「その者青き衣をまといて金色の野におりたつべし。失われた大地との絆をむすばん。そのものの名はまだ明かせぬ。時みつればみなの前にあらわれよう」

 
 そしてこの予言は部族国家が相争う世の中に救世主的存在としてナウシカが現れ民を救う予言となるのだが、「その者青き衣をまといて金色の野におりたつべし」「その者、青き衣をまとい、黒き従者を引き連れ、金色(こんじき)の野から我らを導かんとす」の部分がほぼ重なり合っており、本作のクチナシ村落の伝説がこのイメージを借りていることは明らかだ。
 ただ、クチナシ伝説のその前後の部分は「ナウシカ」にはないオリジナルだ。「風の谷のナウシカ」ではナウシカ巨神兵を伴って戦場に現れ、それは劇中の「黒き従者を引き連れ」と関連するのではないかと思わせるが、「岩戸を開げ天から降り立つ者あり」というのは何なのだろうか。
 劇中ではこの伝説はバサマとその孫娘ミズキの口からそれぞれ言い表せられるが、それに対してオゲヤが「岩戸ば開けたのに天から降りてくるんずな(というのは理屈が合わない)」とつっこみが入る。
 仮説として思い当たったのはこれが「古事記」の「天の岩戸」と「天孫降臨」の二つのエピソードを合体して作られたものだからではないか。物語の冒頭で山田百次演じる古老がクチナシの村の由来について次のように語る。

いぃ、いぃいぃ。なも昔よ・・・ もっと昔々。いや、たげだば昔のそのまだ昔だばれ~この辺全部ただの山だったど。それば全部まで~に木ぃ切って、ヤブひらいで住めるようにしたのがワだぢのご先祖。それがこのクヂナシってす村のご先祖。なんだか元はカミのほうさいで、色々あって流れでこごさきたんだど、んだ都落ぢ。で苗字も変えで自分だぢの事しゃべらねえようにしたんだど。んだ、毎年秋に立でるクヂナシはそのご先祖の事だってゴロ爺がよぐワさ教えでだ。

 「なんだか元はカミのほうさいで、色々あって流れでこごさきたんだど、んだ都落ぢ。で苗字も変えで自分だぢの事しゃべらねえようにした」というのが落ち武者伝説とつながり注目すべき部分。
 その出自には禁忌があり、それは語ることができないとされていたされているからだ。
 こうしたことを勘案して実際に青森に南北朝時代の落武者の伝説があり、「語ることができない」ということであれば例えば南北朝時代に敗れた南朝のゆかりのものがここに流れ着いたというような伝説が伝わったが、戦前のある時期以降そのような言説自体が不敬に当たるから「語ることができない」というような解釈がもし許されるなら一応のつじつまが合うのではないかと考えたのである。

出演
赤刎千久子、河村竜也、山田百次(以上、ホエイ)
斉藤祐一(文学座)、武谷公雄、中田麦平(シンクロ少女)、成田沙織、三上晴佳

スタッフ
舞台美術:鈴木健
照明:黒太剛亮(黒猿)
衣裳:正金 彩
舞台監督補:陳 彦君
当日運営:大橋さつき
制作:赤刎千久子
プロデュース・宣伝美術:河村竜也