下北沢通信

中西理の下北沢通信

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チェルフィッチュ、マレビトの会、青年団を超えて 若手作家が挑戦する新たな演劇の地平 ムニ『つかの間の道』『赤と黄色の夢』二本立て公演・作・演出:宮崎玲奈(『つかの間の道』)@アトリエ春風舎

ムニ『つかの間の道』『赤と黄色の夢』二本立て公演・作・演出:宮崎玲奈(『つかの間の道』)@アトリエ春風舎


 ムニ『つかの間の道』@アトリエ春風舎を観劇。4年前に青年団若手自主企画vol.81 宮﨑企画『つかの間の道』@アトリエ春風舎*1*2として上演された作品の再演だが、今回の上演では演技の様式や方法論、演出を大きく変更したものとなっていた。前回上演では平田オリザの現代口語演劇に準じたようなスタイルでの演技で作品を構築していたが、今回の上演ではセリフの調子やニュアンスの込め方には現代口語的なものが残されてはいたものの全体の印象はまったく違う。松田正隆のマレビトの会がそうであるようにニュアンスなどをすべて排除して意図的に棒読みのような平板な発話ではないが、身体所作に関していえば通常のリアルな身体所作をすべて廃し、初期のチェルフィッチュ岡田利規)がそうであったような演技体と少し似ているかもしれない。手足をぶらぶらさせたり、体重を斜めにかけたりといったようなアンリアルな動きを取り入れている。
 宮崎玲奈は青年団演出部の出身で、現代口語演劇の系譜で育ってきた作家ではあるが、今回の公演の当日パンフの「『劇への抵抗』ー軽さを起点として」という文章で「自閉的な集団の中で出された戯曲の解釈および『~に見える』ためにという目的に向かって創作する、という行為それ自体にいつのまにかわたしは魅力を感じなくなってしまった。劇作家・演出家の有する世界の再現のためにあるような共同体に違和感を感じる。戯曲という媒体を複写するといった目的がなくとも、役という媒介を仲介せずとも、個が個として共存し、一つの創作物を作り上げる、そのような上演を志すことはできないのだろうか」と自らが目指す演劇へのマニフェストを語っている。
 かなり明確な現代口語演劇への批判、平田オリザの方法論への批判と言ってよい。一部の表面的な類似にとどまらず、どちらも平田オリザ的な方法論を経由したうえで、その方法論への決別を意図的に行った松田正隆岡田利規と重なるあうような問題意識があることがうかがえる。
 だが、同時に後段の「戯曲という媒体を複写するといった目的がなくとも、役という媒介を仲介せずとも、個が個として共存し、一つの創作物を作り上げる、そのような上演を志すことはできないのだろうか」などという部分を取り出してみると実はどちらも戯曲テキスト原理主義の部分がある松田、岡田とは根本的な違いがあるということも確かなのだ。
 私自身には演劇とは何かについて方法論的な視座を持つ作家の登場を待望するところがあり、それゆえ、現在の宮崎の試行錯誤にはそこからどんな果実が生まれてくるか楽しみ。だが、実作としてはこれはまだ完成形とは言い難く、端緒にすぎないのではないかとも感じた。
 理屈はともかく、今回の上演を考えてみると松田、岡田と比較したとき、身体所作と発話される言語テキストの関係について若干の違和感も感じた。チェルフィッチュやマレビトの会ではいわゆるリアルな演技ではないにしても戯曲と身体所作がどう関係しているかについて、演出家、演者がけいこ場で最初にそれを立ち上げてきた時からの必然性への問いが深く感じられた。それに対し、少なくとも現状では身体と発話が連動しないという意味での「関係の切断」だけが強く感じられる。例えば「テキスト」と「身体所作」にどのような内的必然性があるのかについて、十分な説得力を持って感じ取ることが困難であった。
 実は以前にチェルフィッチュが登場してきたころに一部のダンス作家にセリフの発話を取り入れながら、ダンスを踊るというような作品が出てきて、必然性と無関係にセリフと動きを同時に提示するだけでは作品に値するものになりにくいのではないか、との批判をしたことがあるのだが、似たような不満を『つかの間の道』にも感じた。
 とはいえ『つかの間の道』はそうしたダンス作品とは逆なのかもしれない。というのは初演から明らかなようにこの作品の戯曲自体は現代口語演劇として巧緻に構築されており、そうした戯曲構造と今回の身体所作にはミスマッチ感があることを否定できないのだ。さらなる理論の具現化のためにはこの方法論により即したテキストのありようが求められるのではないか。
 
 

作・演出:宮崎玲奈(『つかの間の道」)、黒澤優美(『赤と黄色の夢」)
ムニは2024年から黒澤優美と宮崎玲奈の作家二人体制となります。宮崎は2020年1月に青年団若手自主企画vol.81宮崎企画として上演した『つかの間の道』をリクリエーション、黒澤は新作『赤と黄色の夢』を上演します。


宮崎玲奈『つかの間の道』あらすじ
いなくなった親友にそっくりのヒサダさんに出会うカップル。夫がいなくなり、姪と暮らしている女、近所に住むおばさん。日常がちょっと変に歪んでいく、ふたりの遠出。
遠くに行きたいけど、行けない。今いる場所に、かつていた場所が重なっていく。これは都市生活者冒険譚である。

黒澤優美『赤と黄色の夢』あらすじ
一緒に暮らしている誠と由紀子。 ある日由紀子がコロナになったタイミングで誠は母方の実家に帰省する。一人になった部屋で由紀子は黙々と編み物を編んでいく。

劇作家・演出家の黒澤優美・宮崎玲奈が作品を上演する団体。日常会話とそこからはみ出る意識の流れ、演劇における虚構とリアルとの境界を探りながら創作を行う。20代の女性を主人公とした物語を多く制作。青年団若手自主企画宮崎企画としても活動。近年の作品に『ことばにない』など。




出演
『つかの間の道』
石渡愛(青年団)、木崎友紀子(青年団)、立蔵葉子(青年団/梨茄子)、南風盛もえ(青年団)、藤家矢麻刀、吉田山羊、ワタナベミノリ

『赤と黄色の夢』
伊藤拓(青年団)、西風生子(青年団)、渡邊まな実
スタッフ
舞台監督:水澤桃花(箱馬研究所)
照明:緒方稔記(黒猿)
舞台美術:本橋龍(ウンゲツィーファ)、村上太
劇団制作:上薗誠
宣伝美術:渡邉まな実
公演制作:中條玲