下北沢通信

中西理の下北沢通信

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現代の東京の若者描く 新世代の「東京ノート」青年団若手自主企画vol.88 宮崎企画「東京の一日」@アトリエ春風舎

青年団若手自主企画vol.88 宮崎企画「東京の一日」@アトリエ春風舎

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青年団周辺の若手作家のなかで私がもっともその才気に注目している一人が宮崎玲奈(ムニ、青年団宮崎企画)*1*2である。少し先行する世代には綾門優季、玉田真也がいて、互いにかなり作風が違うが、宮崎玲奈もまたこの二人とはまったく違う作風で、こういう広がりがあるのが現在の青年団の最大の魅力であろう。
 以前、彼女の作品である「つかの間の道」*3平田オリザの「東京ノート*4岡田利規の「三月の5日間」と比較したことがあるが、彼女のブログ*5によれば「東京の一日」小津安二郎の「東京物語」を参照項にしているようで、それはイコール、自らの作品を小津から平田に向かう線の延長線上にこうした流れを批評的に継承していくものとして自分を位置づけようとしたという意識が確信犯としてあるのではないかと思った。
 とここまで、観劇の前に心覚えとして書き連ねていたのだが、実際に作品を見て、さらに作者自身からコメントをもらいいくつか誤解していたことがあったことに気が付いた。作品を見たら分かるが、「東京の一日」は小津安二郎の「東京物語」を下敷きにしているわけではないことが見ていてすぐ分かった。コメントにあるように実際に参考にしたのは「東京物語考」*6の方で、これは「東京物語」についての論考ではなくて、amazonの解説によれば「2020年に逝去した作家・古井由吉が、明治、大正、昭和の『東京』を描いた徳田秋聲正宗白鳥葛西善蔵宇野浩二、嘉村磯多、谷崎潤一郎永井荷風らの私小説作品をひもとき、浮遊する現代人の出自をたどる傑作長篇エッセイ」ということだから、小津安二郎の「東京物語」とは直接的には関係がないようだ(気になったので少し読んでみたが、冒頭が「東京物語」を映画館に見に行ったエピソードから始まるので、完全に無関係というわけでもない)。平田オリザの「東京ノート」が「東京物語」を下敷きに構想された作品であったから、それに引っ張られて大きな勘違いをしていたようだ。負け惜しみのようだが、「現代のある日の東京」を描くためにそれを直接写生するのではなくて、平田の場合「東京物語」という映画、宮崎の場合は「東京物語考」という文学に題材をとった東京論的なエッセイという中間項を経由することで、現実から一定の距離を置く創作へのアプローチには類似点を見て取ることができる。
 とはいえ、作劇には大きな差異も見られる。「東京ノート」はいくつかのエピソード(人物関係の描写)が同時進行するが、作品全体の構図は「東京物語」を模した家族の集まりの描写が中心にあり、そのほかのエピソードはその周辺に衛星のように配置されている。
 それに対して、「東京の一日」ではいくつかの人間関係が同時並行的に進行していく。そのいずれもが中心ではなく、並列の関係にあり、東京という都市に漂う浮島のように存在している。興味深いのはそれぞれのエピソードで様々なテキストやカルチャーが引用され、一見写生風な筆致で描き出されながらも、実際には小沢健二「いちょう並木のセレナーデ」*7からチェーホフ「かもめ」*8、成瀬巳喜雄「秋立ちぬ」*9岡崎京子東京ガールズブラボー*10メルヴィルバートルビー*11などさまざまなテキストの引用の網の目のように構築されていることだ。さらにいえば「東京の一日」には姿を消してしまった男の存在など過去作である「つかの間の道」とも共通点が多く、そこから引き継がれてきた要素も大きいようだ。
 不思議なのは「東京の一日」と題し、東京についての物語と位置付けたこの作品で、物語がなぜか「三月の5日間」のように渋谷、六本木といった東京中心部ではなく、湾岸の晴海を舞台として展開されることだ。
 もちろん、西新宿の都営角筈アパート*12淀橋浄水場も登場するので、すべての物語が晴海周辺を舞台としているわけではないのだけれど、作中で歌われる小沢健二の歌といい、晴海に紐づけられた要素が作品中に多いのは間違いない。
 なぜ晴海であるのかというのは考えても分からなかったのだが、「東京の一日」の中では前に同時並行で進行と書いたが、同じ1日が描かれているわけではなくて、それぞれの時間軸はずれている。「2015年から2021年現在まで東京を生活圏にしています。15年以降触れてきたカルチャーの話を書きたいと思ったのが、この戯曲のきっかけ」としているが、その中で西新宿のシーンは過去、晴海のシーンは現代ならびに未来を表し、そこでは過去と未来は対比されている。そして、時間軸的に異なる事象の出来事を結ぶ結節点のような役割を果たしているのが「伊藤くん」という人物だ。コンビニでバイトしながら仲間(石渡愛・黒澤多生)と一緒に自主映画を撮っていたのだが、ある時を境に失踪して、姿を消してしまう。彼が住んでいたアパートには若い女性二人が住んでいて、失踪した後そこを彼らが訪問する場面も描かれ、それでこれがすべて同じ世界の出来事だということが分かるのだが、一方で伊藤くんと黒澤演じる男が一緒にバイトするコンビニの場面も描かれ、こういう一連の描写のつながりにより、「東京の一日」としていてもそれぞれの場面の間にはかなり大きな時間的な隔たりがあることが分かってくる仕掛けとなっている。
 

作・演出:宮崎玲奈


東京の一日。
住んでいる人、やってきた人、深夜のコンビニ、渋谷、部屋、それぞれの場所、若者たちに等しく訪れる朝と夜。数年でも数百年でも数億年でもある、一日の話。

2015年から2021年現在まで東京を生活圏にしています。15年以降触れてきたカルチャーの話を書きたいと思ったのが、この戯曲のきっかけでした。一日の話ですが、そこには過去も未来もあって、ごちゃまぜで、楽しいこともつらいことも現在形で進む。震災以降の東京に住む若者たちの話です、よろしくお願いします。

宮崎企画
劇作家・演出家の宮崎玲奈が作品を上演する団体。日常会話とそこからはみ出る意識の流れ、演劇における虚構とリアルとの境界を探りながら創作を行う。過去作に、『つかの間の道』(2020.1)、『忘れる滝の家』(2021.3)など。土地に着目した物語と、3場以上の空間を同時進行させる作劇が特徴。

出演

立蔵葉子(梨茄子)* 石渡愛* 黒澤多生* 南風盛もえ*  伊藤拓* 黒澤優美 藤家矢麻刀 渡邉結衣 宮崎玲奈 =青年団

スタッフ

舞台監督:黒澤多生*、蒼乃まを*
照明:緒方稔記(黒猿)
音響デザイン:SKANK/スカンク(Nibroll
衣装:坊薗初菜* 
空間設計:渡辺瑞帆* 
演出部:渡邉結衣 
制作:河野遥(ヌトミック)
宣伝美術:江原未来  
総合プロデューサー:平田オリザ 
技術協力:大池容子(アゴラ企画) 
制作協力:木元太郎(アゴラ企画)
(*)=青年団


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