下北沢通信

中西理の下北沢通信

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Grupo de Rua de Niterói@YOU TUBE


2006年エジンバラ演劇祭での観劇レビュー*1
Grupo de Rua de Niterói「H2」(The Edinburgh Play House)
 コンテンポラリーダンスでは今年のエジンバラ国際フェスティバルにおえるメインはブラジルから来たヒップホップ(Hip Hop)系のカンパニーGrupo de Rua de Niteróiであった。ここ10年ほどの傾向としてヨーロッパではヒップホップに代表されるようなストリート系のダンスの動きをコンテンポラリーダンスのなかに取り入れるということがあって、前述のマリー・シュイナールもそういう傾向の振付だったが、このカンパニーの振付家Bruno Beltrãoの試みが面白いのはコンテンポラリーダンスにヒップホップを取り入れたのではなく、ヒップホップそのものの現代化、前衛化を志向していることだった。
 床も壁も純白に彩られた無機的な空間でこのパフォーマンスははじまる。舞台が始まると後ろの白い壁にはプロジェクターによって「Hip-hop loves the beat of the music」の文字が映し出され、大勢のダンサーが舞台に登場して、リムスキー・コルサコフの「蜜蜂の飛行」の軽快な音楽に乗せて、頭を下にしてくるくると独楽のように回り始める。Hip Hopというのがダンスの種類の名前であるとともに音楽のジャンルの名前でもあるようにこの種類のダンスにはアメリカの文化のなかから生まれたということの出自と切り離せないところがあるのだが、Bruno Beltrãoはそういう背景から純粋にムーブメントのストラクチャーだけを切り離して、分析しそれを再構築した時にそこからどんなものが生まれるのかというきわめて刺激的な実験をこの作品のなかで試みてみせる。
 軽快なクラシック音楽に乗せての冒頭の場面はその最初の試みだが、この部分はまだ挨拶のようなもので、ここから通常のヒップホップでは考えられないような場面が続く。しばらくすると「Hip-hop loves the beat of the music」から「of the music」の部分の文字が消えて、「Hip-hop loves the beat」が残るのだが、ここではビートといっても現代音楽といってもいいような非常にゆっくりとした重低音のビートが時折鳴り響くだけで、後は無音な状態のなかで、ひとり、あるいはふたり程度のダンサーが交互に舞台に登場して、ヒップホップの動きのうち、ある特定のムーブメントだけを取り出したミニマルな動きを長い停止の間に何度か繰り返す。
 この部分はまさにヒップホップの解体であって、私にはこのパフォーマンスのなかで一番興味深かったとことなのだが、ダンスとしてはまさにミニマルでヒップホップというと連想されるようなグルーブやエンターテインメントの要素は完全に剥ぎ取られたある種のポストモダンダンスのようなところがあり、観光客中心にノリのいいダンスを期待してきていたと思われるエジンバラの観客には明らかに戸惑いがあり、落ち着きがなくなっていたり、耐え切れなくなってか席をはずして途中で帰ってしまう客も現れたりして、「どうなってしまうんだろう」と心配になったりしたのだが、その後ちょっとしたコミックリリーフ的に挟み込まれたHip-hop loves」になってからの男性ダンサー同士のいちゃつき合いやキスの場面をへて、最後の10分間はフランスのバンドCQMDの音楽に乗せて、ハイスピードでの超絶技巧のダンスが展開される。
 YOU TUBE上に動画を発見したので興味のある人はそちらを参照してもらいたいのだが、ここではミニマルな場面で登場したダンスのムーブが振付の部材として使われており、それを脱構築することでそこにヒップホップのムーブメントを基調としていながら、いわゆるヒップホップダンスとは違うダンスのストラクチャーがヒップホップではない音楽の元に現れていることに気がつくと思う。