下北沢通信

中西理の下北沢通信

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アンサンブル・ゾネ「Place in the Moment 瞬の場所」@神戸アートビレッジセンター

移りゆく時間の中に沈む永遠の場所 
一瞬一瞬の積み重ねが一塊となって集う
無をめぐるひと息のように

強く静かなウッドベースの音楽と美術とダンスとが
相俟って、独自の舞台空間を演出します。
公演ホームページ http://www.eonet.ne.jp/~ensemblesonne
出演 振付:岡 登志子
音楽(Live):井野 信義(ベース)
出演:中村恩恵、伊藤愛、岡本早未、山岡美穂 井筒麻也、糸瀬公二、桑野聖子、岡登志子
スタッフ 舞台監督:大田和司 
照明:岩村 原太
舞台美術:梶 なヽ子  桑野 聖子
音響:苫谷 典子
衣装:萩田 良子

 アンサンブル・ゾネの岡登志子による新作。前作「Still Moving2」*1に引き続き元ネザーランドダンスシアターの中村恩恵が客演したが、今回は客演は彼女1人でほかはカンパニーメンバー7人のみのコアな構成の作品となった。
 前作はピアノの高瀬アキが音楽を担当したが今回はその高瀬ややはり岡とも付き合いが深い内橋和久ともジャズアンサンブルを組んでいるベース奏者の井野信義が生演奏を主体に音楽を手掛けた。途中声楽曲が挿入される場面が何カ所かはあるが、大部分は演奏は井野によるウッドベースのソロ演奏を伴奏にダンサーがソロないしデュオ程度の人数で踊る場面が続く。そういう意味でソロとアンサンブルが交互に登場する感があった「Still Moving2」と比べると構成はシンプルで、若干単調と思われるところがないでもない。が、その分、個々のダンサーそれぞれの踊りの微妙な個性の違いを今回の舞台では味わうことができた。

 梶なヽ子による舞台美術も今回は幕のような布が舞台上手側背後に置かれているだけのきわめてシンプルなもの。音楽もアコースティックなベースの生演奏なので、全体の印象はピアノを中心に様々な曲想の音楽が駆使された全作品との比較ではどうしても地味な印象は否めない。私自身も個人的には高瀬の音楽の多彩さの方が好みではある。冒頭からしばらくソロの場面が続く。今回はこれまでは群舞を中心に出演していた若手の桑野聖子や井筒麻也、糸瀬公二ら男性陣にもそれぞれソロパートがかなりの時間与えられた。これまでの作り方ではソロは岡を除けば伊藤愛が中心を担うことが多く、それ以外では垣尾優や今回の中村のような客演のダンサーが担ってきたが「Place in the Moment 瞬の場所」では中村を除けば誰が中心ということもないようにそれぞれ皆にソロで踊る場面が与えられていた。短い時間であってもなにもない舞台に一人だけで立ち、その空間を支配することは簡単なことではないが、そこにはカンパニーのメンバー全員がそうした場面を担いうるべきだという信念とそれが実際にも可能であるという現在の充実ぶりに対する岡の自負心も感じられた。
 アンサンブル・ゾネのダンスにはいっさい物語の要素はなく、今回はなかでもソロが多く、関係性の提示もないので、観客が見るべきものは純粋にダンサーとそれぞれのダンスの個性の微細な違いのかもしだすダンスそのものとなる。それを緊張感を持って見続けるにはかなりの集中力が必要であり、そのためアンサンブル・ゾネのダンスを楽しむことはある程度慣れが不可欠なところもあるが、その分、動きそのもののダンス的純度はきわめて高い。日本のコンテンポラリーダンスにおいてはそういう方向性のダンスは珍しく、特に踊らないコンセプチャルなダンスや演劇かダンスか分からないようなものが主流となっている現在のコンテンポラリーダンスの流れのなかでは貴重な存在といえるだろう。
 個々のダンサーについて触れれば伊藤愛はやはり中心的存在。ソロダンスでも抜群の安定感がある。ただ、岡本早未、山岡美穂の存在感も作品ごとに増してきており、いまやこの3人がそれぞれの踊りの色を競う姿がアンサンブル・ゾネの作品の屋台骨となっている。前作では椅子を使ってのユニゾンのアンサンブルなどでそれが見られたが今回それはソロでたっぷりと味わうことができる。
 さらにこの作品では前半は岡本の出番が少なく、代わりに桑野聖子がこれまでにないほど長くソロを踊り、その確かな成長ぶりを見せた。どうしてもこのカンパニーは女性ダンサーが目立つが今回は井筒麻也、糸瀬公二もソロやデュオの見せ場を多くもらい客演がなくても成立するカンパニーダンサーの層の厚みを示した。
 だが、作品の最大の魅力となっているのはやはり中村恩恵のダンスであろう。バレエのテクニックを基礎とする中村の持ち味とドイツ表現主義舞踊を基礎とする岡の振付には明らかに違いがある。そこはミスマッチと言えなくもないが、3回の客演を通じて、岡の振付を自らのボキャブラリーのなかに消化しつつあり、そこから生まれてくる精神性の高い舞踊表現は中村がキリアンや自分の振付で踊る場合とは色合いが異なるし、岡の踊りそのものというわけでもやはりない。しかしそこにはこの2人だからこそ生み出せたものが確かに息づいていて、そこには成熟したダンサーが手練れの振付家のもとでのみ踊ることのできる大人の表現を感じさせる。ダンスファンであるならば、あるいは彼女の参加したコンテンポラリーバレエを見に行くような中村恩恵のファンであるならばこれを見逃してしまうのは惜しい。東京公演にはぜひ足を運んでほしいと思う。
 中村は今回が3公演連続での客演。継続的な関係も特筆すべきもので、横浜を拠点とする中村が「単に客演してソロを即興で踊りました」というようなものではなく、忙しい年間スケジュールのなか毎回神戸にある程度長期滞在して、作品にかかかわっている。こういう関係も日本では稀有のことではないか。当日挟み込まれたチラシによれば今年の夏には今後相互にワークショップでの交流を繰り返したうえで中村が率いるとアンサンブル・ゾネとの合同公演も予定されているようで、これがどんなものになるのかにも注目していきたい。
 昨年などはこれまでコンスタントな活動を続けてきたダンスカンパニーも活動を休止ないし、規模縮小をしていたところが多かったなかで、東日本大震災による東京公演の中止を一度は強いられながらも、秋には東京公演も実施。その活動の充実ぶりでは神戸に拠点を置くアンサンブル・ゾネはやはり関西の京都に拠点を置くモノクロームサーカスと並んで日本を代表するダンスカンパニーとしての地歩を着実に固めつつある。 
 この公演は東京・両国 シアターX (2/2519:30〜 2/2614:30〜)、愛知県芸術劇場小ホール(2/2719:00〜)と公演が予定されており、前回の東京公演などは内容の素晴らしさに比べて空席が目立ちきわめて残念に思ったので、今度はそういうことがないようにと思う。アンサンブル・ゾネの充実ぶりに対してはもう少しちゃんとした評価が東京でも得られるべきではないかと少し憤りを感じているからだ。