KUNIO15(杉原邦生演出)「グリークス」@KAAT
『グリークス』は、1980年に英国で初演(編・英訳:ジョン・バートン、ケネス・カヴァンダー)。10本のギリシャ悲劇をひとつの長大な物語に再構成した長編舞台作品で第一部「戦争」、第二部「殺人」、第三部「神々」の三部構成で上演時間はおよそ10時間にも及んだ。日本では19年前の2000年にシアターコクーンで蜷川幸雄の手により上演された(上演時間10時間30分)が、私はこの時には一部分しか見ることができなかった。この日は通し全幕公演を初めて見ることができた。上演時間はやや短縮されたが、それでも午前11時半に始まり、午後9時半まで続く、10時間の長丁場となった。
杉原邦生は京都造形大学出身の若手演出家。同大学卒業以降僚友の木ノ下裕一と木ノ下歌舞伎の運営を共同で行ってきたが、劇団運営からは離脱し、単独での活動に重点を移した*1。その活動の領域も新橋演舞場でのスーパー歌舞伎「オグリ」を市川猿之助と共同演出するなど大劇場の活動も増えており、来年以降も活躍が期待され、若手演劇人のなかではトップランナーに躍り出たといえるだろう。
かすかに記憶に残る蜷川版の重厚さはないけれど、その分長時間にもかかわらず見やすくもあって、特にヘカベの松永玲子[ナイロン100℃]、アンドロマケの石村みか[てがみ座]、エレクトラの土居志央梨、イピゲネイアの井上向日葵らのキャリアが新旧さまざまな女優陣がさまざまな悲劇的な運命に捉われることになった女性たちを熱演し印象的であった。中でも今回の舞台でもっとも強烈な存在感を見せたのが鬼気迫るエレクトラを演じた土居志央梨。京都造形芸術大学出身で杉原邦生の後輩にあたる。キャリアこそまだこれからといえそうだが、実は木ノ下歌舞伎の「東海道四谷怪談 通し狂言」でもいまでも記憶に残る好演をした女優で、そうした実績が買われての今回の抜擢であろう。いまそういえば少し大げさに感じられかねないことを承知であえていうが、同大学の先輩で大女優への道を邁進している黒木華を追いかける存在になるかもしれない。今後の彼女に注目である。
長尺の舞台とはいいながら普通ならその人だけをヒロイン役に芝居が作られている女性たちが次から次へと出てくるわけだから、この芝居の作り自体が若干屋上屋を重ねるがごとくの「もうお腹いっぱいだよ」感を感じさせるところはあるのだけれど、ひとつひとつは個別の問題であるはずの物語が次から次へと重ねられることで、人間の変わらぬ業の愚かさや悲しさが浮かび上がってくる。そういうこともこの作品の狙いなのであろう。
「グリークス」を見るまではギリシア悲劇の主要作品10本をひとつにまとめたとあったので、偉大なる英雄たちが大活躍する一大叙事詩的なものを予想して観劇したのだが、先に挙げた女性たちと比べて、本来、等身大を超え、神にも似つかわしい英雄であるはずの男たちが皆、薄っぺらな、下世話な人間としてあえて描かれているのが面白いところだ。父や母や友の復讐を遂げた偉大な人物のはずが、その行為を起こした後は行為は神にそそのかせれてしたもので、自分には責任はないなどと責任のがれのような言い訳を言い出したりして、自らの社会的責任も放擲するような人間ばかりだというのが描かれる。ここに出てくるのはメネラウス、オデュッセウス、アガメムノン、オレステスらギリシア悲劇の英雄として崇高な存在としては描かれていなくて、特に女性たちにとっては自分勝手でどうしようもない存在として描かれている。それゆえ、俳優の演技的にも女性たちが悲劇的な状況の中で崇高な存在としても描かれているのに対して、言葉は悪いが軽薄であったり、情けない存在に見えてしまうのだが、それは俳優の責任というよりは戯曲の本質をそう読み取っての杉原の意図的な演出指示ではないかと思われた。
作品情報
10時間のギリシャ悲劇一挙上演!
人間と神、正義と過ち、秩序と混沌が入り乱れる一大狂宴演劇。
KAAT神奈川芸術劇場プロデュース『ルーツ』(2016年)、同『オイディプスREXXX』(2018年)とKAAT神奈川芸術劇場で新作を発表してきた演出家の杉原邦生が2019年11月に『グリークス』を演出いたします。
『グリークス』は、1980年にイギリスで初演された10本のギリシャ悲劇をひとつの長大な物語に再構成した長編の舞台作品。第一部「戦争」、第二部「殺人」、第三部「神々」からなる三部構成で上演時間はおよそ10時間にも及ぶ作品です。本作品に、2011年KUNIO11『エンジェルス・イン・アメリカ 第一部「至福 千年紀が近づく」第二部「ペレストロイカ」』の連続上演以降、木ノ下歌舞伎『三人吉三』(2014年、2015年)、同『東海道四谷怪談―通し上演―』(2013年、2016年)と、長編の硬質な戯曲に取り組んできた演出家の杉原邦生が、第一部、第二部、第三部の連続上演に挑みます。
また、今回の上演にあたって、翻訳を小澤英実さんが担当いたします。2014年のKUNIO11『ハムレット』以降、KUNIOでは海外戯曲を上演する際に出来る限り新翻訳を行っています。“いま、この時代に上演すること”をテーマに、翻訳者とともに「言葉」の多様性を捨てずに選び、創作にあたりたいと考えます。
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演出 杉原邦生より
僕は〈大きな演劇〉が好きです。僕の言う〈大きな演劇〉とは、時間や空間、物量など物理的な〈大きさ〉の上に、物語としての〈大きさ〉をあわせ持った演劇のことです。簡単に言えば、長ったらしくて壮大なストーリーの演劇が好きということです。なぜなら、長い時間をかけることでしか表現できない物語や世界があるから。そして、そういう作品でしかつくり出せない祝祭的な時間と空間がたまらなく好きだから。それが僕の思う〈大きな演劇〉の魅力であり、『グリークス』はその魅力が詰まりまくった演劇だと言えます。
「誰のせいだったのか。」─── 約2500年前、古代ギリシャで生まれた悲劇10本によって紡がれるこの物語が、現代の僕たちに投げかけてくる問い。それは、とてもシンプルです。人は抱えきれないほどの不幸や災難、苦しみや悲しみに襲われたとき、必死にその原因をわかりやすい形で求めはじめます。やがて、ひとつの答えが導き出されると、憎しみや怒りが湧き上がり、そのものを消し去りたいと強く願います。そして、その強い願いがまた新たな悲劇を生み出していくのです。
「誰のせいだったのか。」と過去を掘り下げていくことが悲劇を生み続けていく。この連なりは一体いつになれば終わるのか。いつになれば人間は悲劇から解き放たれるのか。もしかすると、この〈大きな〉問いと戦い続けることこそ、《戦争》も《殺人》もなくなることのない世界に生きる僕たち人間に、《神々》が与えた宿命なのかもしれません。しかし、この宿命はひるがえって、〈希望〉であるとも言えます。これまで答えの出ない問いに向かい続けることができたのは、そこに僕たち人間が僅かながらも可能性を見出してきたからだと思うからです。
10時間という長大な上演時間の中、古代ギリシャの悲劇を通して、人間が見出したその〈希望〉を生き活きとエキサイティングに現代へ描き出したいと考えています。そして、この〈大きな演劇〉が持つエネルギーとその魅力を、ぜひ劇場で共に体感してほしいと願っています。
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【 出 演 】
テティス…………………本多麻紀[SPAC-静岡県舞台芸術センター]
ヘレネ……………………武田暁[魚灯]
アンドロマケ……………石村みか[てがみ座]
アイギストス……………箱田暁史[てがみ座]
メネラオス………………田中佑弥[中野成樹+フランケンズ]
アキレウス………………渡邊りょう
ブリセイス………………藤井咲有里
ピュラデス………………福原冠[範宙遊泳]
タルテュビオス…………森田真和
オデュッセウス…………池浦さだ夢[男肉 du Soleil]
エレクトラ………………土居志央梨
エウクレイア……………河村若菜[SPAC-静岡県舞台芸術センター]
ヘルミオネ………………毛利悟巳
カッサンドラ……………森口彩乃
ニテティス…井上夕貴[さいたまネクストシアター|PAPALUWA]
クリュソテミス…………永井茉梨奈
ポリュクセネ……………中坂弥樹
オレステス………………尾尻征大
イピゲネイア……………井上向日葵
岩本えり
三方美由起
アステュアナクス………山口光
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老人………………………小田豊
※当初発表より、一部変更となっております。
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【編・英訳】ジョン・バートン、ケネス・カヴァンダー
【翻訳】小澤英実
【演出・美術】杉原邦生
【音楽】Taichi Kaneko
【振付】白神ももこ(モモンガ・コンプレックス)
【照明】高田政義(RYU)
【音響】稲住祐平*
【衣裳】藤谷香子(FAIFAI)
【舞台監督】藤田有紀彦*
【京都公演舞台コーディネイト】大鹿展明
【演出助手】大原渉平、木之瀬雅貴、西岳
【プロダクション・マネージャー】山添賀容子*
【技術監督】堀内真人*
【宣伝美術】加藤賢策(LABORATORIES)
【版権コーディネイト】株式会社シアターライツ
【制作】河野理絵、前田明子、加藤仲葉
【制作統括】横山歩*
【プロデューサー】小林みほ、千葉乃梨子*(神奈川公演)、井出亮(京都公演)
「*」はKAAT神奈川芸術劇場
翻訳 小澤英実(おざわえいみ)
翻訳家、批評家、東京学芸大学准教授。専門はアメリカ文学・文化と日米舞台芸術。主な著訳書に『幽霊学入門』、『現代批評理論のすべて』(共著・新書館)、エドワード・P・ジョーンズ『地図になかった世界』(白水社)、フランク・キング『ガソリン・アレー』(創元社)、ロクサーヌ・ゲイ『むずかしい女たち』(共訳・河出書房新社)など。イヴ・エンスラー『ヴァギナ・モノローグス』、トリスタ・ボールドウィン『雌鹿』など上演戯曲の翻訳やドラマターグも手がける。
演出 杉原邦生(すぎはらくにお)
演出家、舞台美術家。KUNIO主宰。
1982年生まれ。国内外の骨太な戯曲の本質を浮き彫りにしてみせると同時に、ポップでダイナミックでありながらも繊細な演出が特長。2004年、プロデュース公演カンパニー “KUNIO” を立ち上げ、これまでに『エンジェルス・イン・アメリカ-第一部・第二部』(作:トニー・クシュナー)の連続上演、『更地』(作:太田省吾)、『ハムレット』『夏の夜の夢』、柴幸男氏による書き下ろし新作戯曲『TATAMI』などを上演。主な外部演出作品にKAAT神奈川芸術劇場プロデュース『ルーツ』(脚本:松井周)、同『オイディプスREXXX』、木ノ下歌舞伎『黒塚』『勧進帳』『三人吉三』『東海道四谷怪談―通し上演―』、歌舞伎座八月納涼歌舞伎『東海道中膝栗毛 歌舞伎座捕物帖』(構成のみ|演出:市川猿之助)など。セゾン文化財団シニアフェロー。平成29年度第36回京都府文化賞奨励賞受賞。2019年11月21日(木)~2019年11月30日(土) KAAT