下北沢通信

中西理の下北沢通信

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2019年演劇ベストアクト(年間回顧)

2019年演劇ベストアクト(年間回顧)

 年末恒例の2019年演劇ベストアクト*1 *2*3*4 *5 *6 *7 *8 *9 *10 *11 *12 *13 *14 *15 *16 を掲載することにしたい。さて、皆さんの今年のベストアクトはどうでしたか。今回もコメントなどを書いてもらえると嬉しい。

2019年演劇ベストアクト
1,フェスティバル「これは演劇ではない」こまばアゴラ劇場

2,DULL-COLORED POP (谷賢一作演出)「福島三部作 一挙上演」(池袋・東京芸術劇場
3,KUNIO「グリークス」(杉原邦生演出)(KAAT)
4,青年団リンク キュイ「景観の邪魔」こまばアゴラ劇場
5,木ノ下歌舞伎「娘道成寺京都造形芸術大学春秋座)
6,劇団ホエイ「喫茶ティファニー」(山田百次作演出)こまばアゴラ劇場
7,しあわせ学級崩壊「ハムレット(nagomix渋谷 )
8,青年座「東京ストーリー」(松田正隆作、金澤菜乃英演出)下北沢駅前劇場
9,新聞家と関田育子「2つの『フードコート』」(TABULAE・曳舟
10,ハナズメランコリー「春のめざめ」(東京ver.、ドイツver.)(渋谷ギャラリールデコ)
*17

 今年は例年以上に若手の活躍が目立った年となった。年頭にこまばアゴラ劇場で若手の演劇集団6団体が結集してフェスティバル「これは演劇ではない」が開催された。これに参加した綾門優季青年団リンク キュイ)、額田大志(ヌトミック)、カゲヤマ気象台(現・円盤に乗る派)、村社祐太朗(新聞家)、山縣太一(オフィスマウンテン)、松村翔子(モメラス)を中心にした若手作家らの活動は現代演劇界の次の波(ネクストウェーブ)を起こす契機となりつつあるかもしれない。フェスで上演された作品のうち個別によかったものを選べば妊娠中の女性の心理を幻想を交えて描いたモメラス『28時01分』(作・演出:松村翔子)となるのだが、ここではあえてフェス全体を1つの作品に見立てて今年のベストアクト1位に選ぶことにした。

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これは演劇ではない
 「これは演劇ではない」はミニマルな演劇手法を追求する若手の演劇集団6団体のフェスティバルということになる。とはいえチェルフィッチュの中心メンバーでもあった山縣太一、松村翔子ら上の世代も参加しており、単純に若手とするのはいささか語弊がある。それでも「演劇における 新しい波を可視化する」という意味では大きな刺激となったのではないだろうか。
 作品としてストレートに選ぶならば谷賢一の『福島三部作一挙上演』、杉原邦生の『グリークス』*18、木ノ下歌舞伎(木ノ下裕一)プロデュースによるきたまりソロ『娘道成寺』の3本を選びたい。
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木ノ下歌舞伎
 『福島三部作』は東日本大震災による原発事故で被災地となった福島の過去から現在までの出来事をそれぞれ異なる形式をとった3つの作品で描き出した。第一部は原発誘致を巡っての葛藤、第二部はチェルノブイリ原発以降の反原発の機運の中でもなぜ現地の原発推進は揺るがなかったのか、第三部では一転して3・11の後、現地で引き起こされた様々な不協和音を描き出し、この種の作品としてはこれまでにないほどにこうしたことがなぜ起こり、いまも失くならないのかを考えさせる内容となっていた。

 一方、杉原邦生演出の「グリークス」は、1980年に英国で初演(編・英訳:ジョン・バートン、ケネス・カヴァンダー)、10本のギリシャ悲劇をひとつの長大な物語に再構成した長編舞台作品で第一部「戦争」、第二部「殺人」、第三部「神々」の三部構成で上演時間はおよそ10時間にも及んだ。日本では19年前の2000年にシアターコクーン蜷川幸雄の手により上演された(上演時間10時間30分)が、私はこの時には一部分しか見ることができなかった。この日は通し全幕公演を初めて見ることができた。上演時間はやや短縮されたが、それでも午前11時半に始まり、午後9時半まで続く、10時間の長丁場となった。
 杉原邦生は京都造形大学出身の若手演出家。同大学卒業以降僚友の木ノ下裕一と木ノ下歌舞伎の運営を共同で行ってきたが、劇団運営からは離脱し、単独での活動に重点を移した。その活動の領域も新橋演舞場でのスーパー歌舞伎「オグリ」を市川猿之助と共同演出するなど大劇場の活動も増えており、来年以降も若手演劇人のなかではトップランナーに躍り出たといえるだろう。
 木ノ下歌舞伎で杉原邦生のパートナーだった木ノ下裕一は大学の先輩でもあるきたまりの振付・主演の「娘道成寺」を再演。出演したきたまりも今年はダンスベストアクトにKIKIKIKIKIKI(きたまり振付・出演)「復活」、多田淳之介演出「RE/PLAY Dance Edit 東京版」(きたまりプロデュース・出演)などその活動ぶりは絶好調であった。
  在日外国人の問題を扱った劇団ホエイ「喫茶ティファニー」の作演出を始め、オフィスコッターネ「山の声」「夜を掴む」への俳優としての出演など山田百次(青年団演出部、ホエイ)の活躍も注目をますます集めた。
 「これは演劇ではない」参加の作家たちとほぼ同世代の若手劇団ではゆうめい(池田 亮 )、スペースノットブランク(小野彩加と中澤陽)、屋根裏ハイツ(中村大地)、関田育子らの活動も目立った。こうした一群の動きは都立国立高校OBらにより結成されたtatazumi
*19(大内郁ほか)、早稲田大学の劇団あはひ(大塚健太郎ら)、かまどキッチンなど大学在学中のより若い世代が追随するための刺激にもなったと思う。
 2019年演劇ベストアクトにはミニマル的演劇の急先鋒であり、先に挙げた新聞家(村社祐太朗)と関田育子がそれぞれ上演した「フードコート」の競演、
さらに個人的に注目しているのが、これまで言及してきたミニマル演劇系の若手とは少し毛色の違う作風を見せる しあわせ学級崩壊*20とハナズメランコリーである。いずれも現在は小空間での公演を余儀なくされているが、この2劇団には近い将来動員的にも大きな飛躍をして、人気劇団になりうる萌芽を持っていると思う。
 しあわせ学級崩壊は東大出身の僻みひなたが上演脚本・演出・演奏を担当。『ハムレット』では大音量のEDMの音楽に乗せ、セリフをまるでラップを思わせるような抑揚で朗々とフレージングしていくスタイルを披露。もともと強弱五歩格(trochaic pentameter)という韻文の一種で書かれたシェイクスピアのセリフはこの形式によく乗る。台本もそうした韻律を日本語にうまく移植した福田恆存のものを使用しており、「ハムレット」の上演でこれまでに見たことがないほどの疾走感を感じさせた。「リア王」はともかくこのスタイルには「マクベス」「オセロ」などもはまりそうで、シェイクスピアの別の作品も見てみたいと思わされた。現在は動員との兼ね合いで音楽STUDIOやライブハウスでの公演となっているが、原宿ラフォーレのような大空間で展開できたら面白いと思っている。
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ハムレット

一方、ハナズメランコリーは海外生まれで留学経験がある劇作家(一川華)と東京芸術大学の美術専攻の演出家(大舘実佐子)の女性2人によるプロデュースユニット。今年が1年目
*21で3回の公演を行った。取り上げた「春のめざめ」はミュージカルにもなっている海外作家の作品だが、原典版と翻案版の2バージョンを上演。漫画原作ではないが、舞台自体は漫画・アニメ的な要素も強く感じた。現在は小空間で上演しているが、いいプロデューサーがつけば中劇場以上の規模でも展開できそうな資質は十分にあると思った。誰か次世代の才能を探している製作者がいたらぜひ一度見に行くべきだ。

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春のめざめ 東京ver.
 松田正隆はマレビトの会は休止中だが、平田オリザの現代口語演劇とは明確に異なる方法論は若手作家にも影響を与えつつあり、青年座に書いた書下ろし新作「東京ストーリー」は今年の収穫と言っていいだろう。
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