下北沢通信

中西理の下北沢通信

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木ノ下歌舞伎「義経千本桜―渡海屋・大物浦―」@シアタートラム

木ノ下歌舞伎「義経千本桜―渡海屋・大物浦―」@シアタートラム

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木ノ下歌舞伎「義経千本桜―渡海屋・大物浦―」=写真上=は「酒屋」「狐忠信」と同時上演となった2012年の初演は見ている*1が、2016年の再演の記憶がなくこれはおそらく見ておらず9年ぶりの観劇*2となった。演出は東京デスロックの多田淳之介。テキストは基本的には「―渡海屋・大物浦―」を下敷きにしてはいるが、物語の前段となる源平の争いの歴史のあらましや「狐忠信」の前段となる義経一行と静御前の別れの部分「 序幕・北嵯峨庵室・堀川御所 」「鳥居前 」が短くまとめられて冒頭部分に付け加えられた。
歌舞伎のポップな音楽と古典的なテキストとの組み合わせは木ノ下歌舞伎では杉原邦生演出が得意とするところだが、多田淳之介の演出はそこにさらに政治的なメタメッセージをかぶせてくるような持ち味が良くも悪くもあり、それが現代演劇ならではの妙味ともなっている。音楽はボカロ(初音ミク)楽曲として知られる「千本桜」*3からはじまり、この曲で終わる。なぜだろうと少し考えたが、考えなくても「千本桜」であるからに決まっていた*4。とはいえ、実際この舞台の主題歌として考えるとこの曲はぴったりだと思う。
 歌舞伎の上演では「碇知盛」とも呼ばれるとおりにラストの知盛の最後ばかりが記憶に残るのだが、木ノ下歌舞伎版で記憶に残るのは再三繰り返されることもあって、安徳帝入水の場面かもしれない。死屍累々の後の平家滅亡の場面。多田演出ではこれに坂本龍一の「戦場のメリークリスマス」がかぶさってくることで、太平洋戦争や東日本大震災の記憶がオーバーラップしていくような仕掛けになっている。演劇的な虚構としてこの「義経千本桜―渡海屋・大物浦―」では義経が安徳幼帝を救い同行させるという筋立てになっているが、ともに悲劇的な最後を遂げることになる義経安徳帝を悼み惜しむ気持ちからの創作ということなのだろうと思う。
 もっとも多田演出では義経昭和天皇を連想させるような姿で現れ、幼帝を救い出すというイメージから太平洋戦争の敗戦でほとんど滅亡に近いような運命を受けながらも戦後も維持された天皇性への皮肉めいた視線も多田の演出からは感じた。
 配役では平知盛の大役を演じきった佐藤誠を高く評価したい。佐藤は弘前劇場時代から、青年団、東京デスロックでの演技も見てきたが、無骨さが目立って器用な役者ではないけれど、それが逆に今回の知盛ではニンに合っていて、佐藤の演技としては一世一代の名演と感じた。安徳帝を演じた立蔵葉子も儚さに魅力を感じた。

終わりなき戦いのなか、甦る幽霊ひとびとの声──
今が昔に、昔が今に 現代を抉えぐる〈逆襲劇〉復活。

源平合戦の後も平家の武将たちが生き延びていたという設定のもと、平家残党と源義経の“その後”を描いた「義経千本桜」は全五段の傑作長編。その二段目「渡海屋・大物浦の場」は、海に身を投げて自害したはずの平知盛が、船宿の主人となり義経に復讐を企てる物語です。

変わりゆく時代の中、変わらぬ信念で戦った知盛の姿は、今どんな相貌をもって現れるのか。平成から令和の改元、疫病による日常の変化を受けての2021年版を演出するのは、もちろん初演・再演に続き多田淳之介。歴史や社会に対する切実な視線、激情と哀切から〈今〉と切り結ぶ作風で、ジャンルを問わず衝撃的な作品群を世に問い続けています。

2012年初演、2016年再演と、形を変えながら時代を抉ってきた〈逆襲劇〉が三たび登場。歴史の狭間に消えた幽霊たちの声が甦ります。

キャスト・スタッフ | 東京公演 | 豊橋公演 | ご一読ください

キャスト・スタッフ

作|竹田出雲・三好松洛・並木千柳 

監修・補綴|木ノ下裕一

演出|多田淳之介[東京デスロック]

出演|
佐藤誠 大川潤子 立蔵葉子
夏目慎也 武谷公雄 佐山和泉 山本雅幸
三島景太 大石将弘

[スタッフ]
美術|カミイケタクヤ
照明|岩城保
音響|小早川保隆
衣裳|正金彩
立師・所作指導|中村橋吾
衣裳アシスタント|原田つむぎ・陳彦君
演出助手|岩澤哲野・山道弥栄
舞台監督|大鹿展明

文芸|稲垣貴俊
宣伝美術|外山央
制作|本郷麻衣、堀朝美

*1:2012年演劇ベストアクト1位 simokitazawa.hatenablog.com

*2:simokitazawa.hatenablog.com

*3:
「MV」 千本桜 WhiteFlame feat 初音ミク

*4:戦場のメリークリスマス」や「イマジン」に先述したようなメタメッセージ性が色濃かったので、この曲でも何かあるかと考えてしまった