木ノ下歌舞伎「義経千本桜―渡海屋・大物浦―」(2回目)@シアタートラム
2回目の観劇。実はこの「義経千本桜―渡海屋・大物浦―」についていくつか疑問があった。ひとつはこの作品において都から逃れた後の義経の逃走経路である。東京在住の人はそれほど疑問に思わないのかもしれないが、この作品の冒頭で義経が頼朝側の追っ手に追われるのは明らかに京都である。そこから逃れてきて、「義経とその家来たちは都から落ちて九州(西国)へ逃れるため大物浦にある船宿渡海屋に身を寄せる」とあるのだが、その時点では海路で九州へ逃れようとしてこの船宿に現れる設定となっている。
ここからはただの想像だが、後に義経は蝦夷地から大陸に渡ってチンギスハンになったと荒唐無稽な怪説まで現れたように悲運の死を遂げた人物を何とか救いたいという後世の人間の欲望があり、この義経の逃走経路にも実際の史実以外である東北ルート以外に海路で九州に渡ったという義経伝説もあり、それを拾い上げたのが能の「船弁慶」。「義経千本桜」は奈良の吉野を経由しながら東北に逃れたという現在史実に近いとされている筋立てに加え、別筋の「船弁慶」のエピソードも挿入したためにこんなことになってしまったのかもしれない。もっとも演劇的な虚構から考えると能「船弁慶」では瀬戸内海である壇ノ浦で滅んだ平家の一族の亡霊と義経が再び出会う場所として、都から見て西で瀬戸内海に面した港ということが要請され、そこに舞台をを舞台とする必然性はあった*1*2。
今回の木ノ下歌舞伎による上演が面白かったのは歌舞伎や文楽の原作では、壇ノ浦の戦いで死んだはずの平知盛は実際には生きているという設定。知盛は能「船弁慶」のように実際に幽霊というわけではなく、義経へ復讐を仕掛ける幽霊の姿に扮しているのだ。セリフなどの表面的には木ノ下歌舞伎も変わらないのだが、多田淳之介の演出では最初に壇ノ浦での平家の滅亡を描いた後に平知盛と義経一行との水上での戦闘をそれと重ね合わせるように描いていき、戦っているのが亡霊に扮した平家の生き残りなのか、平家の亡霊なのかが意図的に分からないようにしている。それを象徴するのが安徳帝の描かれ方だ。安徳帝とその従者たちは二度にわたって、入水するのが描かれるが、最後には義経によって救われるという筋立てとなる。
これも「奇怪な筋立て」とも思うが、安徳帝も義経同様に非業の死を遂げた人物であって、「船弁慶」にはない設定だが、義経と同じように物語においてはそれを救いたいという欲望が「義経千本桜」には働いていたのだろうと思う。
さらに多田演出は大量死の起こった過去の悲劇的な出来事(ここでは太平洋戦争、東日本大震災、そしてコロナによる災禍)を平家の滅亡、さらには義経と安徳帝の死と重ね合わせようという明らかな意図が見える。中段の平家の武士たちの戦死による死屍累々たる場面で「戦場のメリークリスマス」*3そして「TSUNAMI」が流れる。義経は昭和天皇を思わせるような衣装で舞台に現れ、その際の弁慶の姿は米兵を思わせ、敵兵を銃殺する。最後の方では再び「戦場のメリークリスマス」に続いて忌野清志郎版の「イマジン」*4が流れるのだ。
『義経千本桜—渡海屋・大物浦—』とは?
人形浄瑠璃として上演され、翌年すぐに歌舞伎でも上演された『義経千本桜』。「渡海屋の場・大物浦の場」は全体の二段目にあたり、逃亡生活を送る源義経一行と平知盛が意外な形で対面を果たし、再び刃を交えた末に、知盛が壮絶な最期を遂げるまでを描いた大作です。
—
あらすじ
義経とその家来たちは都から落ちて九州へ逃れるため大物浦にある船宿渡海屋に身を寄せる。ところがその渡海屋の主人銀平は、壇ノ浦の戦いで死んだはずの平知盛だった。また、その娘お安は安徳帝、女房お柳(おりゅう)は乳母の典侍局(すけのつぼね)が扮装した姿。知盛は悪天候の中、義経一行を出航させると、幽霊の姿に扮して義経へ復讐を仕掛ける。一方、安徳帝を守りながら知盛を待つ典侍局は、味方の軍勢が義経側の逆襲に合うと知ると帝と共に入水しようとするが、義経主従によって止められる。その間、安徳帝の身を案じて血潮に染まりながら大物浦へ戻ってくる知盛のところへ、義経が安徳帝と典侍局を伴って現れる。「今またわれを助けしは義経が情け、仇に思うな」という帝自身の言葉と、帝の身を守るという義経の言葉を聞き、安心した典侍局は自害。知盛は瀕死の体に碇綱を巻きつけて海中へと身を投じる。
終わりなき戦いのなか、甦る幽霊ひとびとの声──
今が昔に、昔が今に 現代を抉えぐる〈逆襲劇〉復活。源平合戦の後も平家の武将たちが生き延びていたという設定のもと、平家残党と源義経の“その後”を描いた「義経千本桜」は全五段の傑作長編。その二段目「渡海屋・大物浦の場」は、海に身を投げて自害したはずの平知盛が、船宿の主人となり義経に復讐を企てる物語です。
変わりゆく時代の中、変わらぬ信念で戦った知盛の姿は、今どんな相貌をもって現れるのか。平成から令和の改元、疫病による日常の変化を受けての2021年版を演出するのは、もちろん初演・再演に続き多田淳之介。歴史や社会に対する切実な視線、激情と哀切から〈今〉と切り結ぶ作風で、ジャンルを問わず衝撃的な作品群を世に問い続けています。
2012年初演、2016年再演と、形を変えながら時代を抉ってきた〈逆襲劇〉が三たび登場。歴史の狭間に消えた幽霊たちの声が甦ります。
キャスト・スタッフ
作|竹田出雲・三好松洛・並木千柳
—
監修・補綴|木ノ下裕一
—
演出|多田淳之介[東京デスロック]出演|
佐藤誠 大川潤子 立蔵葉子
夏目慎也 武谷公雄 佐山和泉 山本雅幸
三島景太 大石将弘[スタッフ]
美術|カミイケタクヤ
照明|岩城保
音響|小早川保隆
衣裳|正金彩
立師・所作指導|中村橋吾
衣裳アシスタント|原田つむぎ・陳彦君
演出助手|岩澤哲野・山道弥栄
舞台監督|大鹿展明文芸|稲垣貴俊
宣伝美術|外山央
制作|本郷麻衣、堀朝美