下北沢通信

中西理の下北沢通信

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後期クイーン論に向けた序章として(4)  エラリイ・クイーン「九尾の猫」(ハヤカワ・ミステリ文庫)

後期クイーン論に向けた序章として(4)  エラリイ・クイーン「九尾の猫」(ハヤカワ・ミステリ文庫)

次から次へと殺人を犯し、ニューヨークを震撼させた連続絞殺魔〈猫〉事件。すでに五人の犠牲者が出ているにもかかわらず、その正体は依然としてつかめずにいた。指紋も動機もなく、目撃者も容疑者もまったくいない。〈猫〉が風のように町を通りすぎた後に残るものはただ二つ――死体とその首に巻きついたタッサーシルクの紐だけだった。

アメリカの縮図たるライツヴィルを離れエラリイ・クイーンは「九尾の猫」では連続絞殺犯である〈猫〉が跋扈する大都会ニューヨークの地に戻る。今度は父リチャードの下で特別捜査官となり、何百万人もの市民のなかに潜む殺人鬼と対峙する。
エラリイ・クイーンは「ローマ帽子の謎」によるデビュー以来一貫して、「米国を描くミステリ」ということにこだわってきた。そして、そのクイーンにとっては米国=ニューヨークのことだった。しかも舞台となるのは閉ざされた空間ではなく、巨大デパートメント(百貨店)、大劇場、大病院、ロデオショーの会場、地下鉄の車両など誰もが出入りができる開放された公共空間を舞台とした作品を描いてきた。そして、この作品において物語の舞台はニューヨークの街そのものとなる。
後の米国ミステリでは猟奇的な殺人鬼を登場させたサイコキラーものはひとつのジャンルをなすほど頻繁なものとなるが、「九尾の猫」が書かれた1949年の時点ではまだ珍しい。もちろん、この作品の前例としてはアガサ・クリスティーの「ABC殺人事件」(1935年)があり、直接触れてはないものの作中で探偵クイーンが「複数殺人のABC理論」(本文152ページ)なる持論を展開するのだが、これは明らかにクリスティー作品を踏まえての言及であろう。
ネタバレあり










ただ、「九尾の猫」の犯人像は「ABC殺人事件」とはまったく異なるパターンを描いていく。そして、被害者の年齢のある特徴からクイーンは名探偵の名に恥じぬ推論でそれがなすパターンに気がつき、容疑者が浮かび上がり、闇に潜む犯人に迫っていく。サイコミステリーものと本格推理は決して相性がよいとはいいにくいが、この部分は本格ミステリ小説としてもきわめてスリリングなものと言えるかもしれない。

九尾の猫

九尾の猫

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