下北沢通信

中西理の下北沢通信

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後期クイーン論に向けた序章として(番外編)  エラリー・クイーン「Xの悲劇」(創元推理文庫)

後期クイーン論に向けた序章として(番外編)  エラリー・クイーン「Xの悲劇」(創元推理文庫

「Xの悲劇」はエラリイ・クイーンの初期作品のうちバーナビー・ロス名義で発表されたドルリー・レーン四部作の最初の作品である。第一の殺人の犯人像を絞り込む推理があまりにも有名で、それだけが記憶に残っていたりするが、それで犯人像を覚えていても久しぶりに読み直すと「あれっ?」と思ってしまい、自分の記憶を疑いたくなってしまうツイストの効いた展開が見事である。
フランシス・ネヴァンズ・ジュニアが「エラリイ・クイーンの世界」で指摘したクイーンの2つの得意技とでもいうべき、バールストン・ギャンビットとダイイング・メッセージがこの作品にはやくも現れている。
もっともバールストン・ギャンビットがそうである所以は事件の真相がすべて明らかになってそのように認識できる。それゆえ「Xの悲劇」の特徴はまず事件が起こる状況にある。この作品では事件はまず移動中の路面電車の中という衆人環視のもとで起こることである。
この後、「Xの悲劇」は現在進行形で連続殺人事件が起こり、探偵レーンが謎の犯人(X)とチェスの対局のように対決することで進行してしていく。この構図においてバールストン・ギャンビットのようなチェスとの見立てが生きてくることになるのだが、実はこうした構図の継続の果てに書かれるのが後期作品の「盤面の敵」*1であり、これを私はもっともクイーンがクイーンらしさを具現できた作品という風に考えている。
エラリイ・クイーン作品の謎解きの構造は国名シリーズに「読者への挑戦状」が設けられていることから、作者対読者による推理ゲーム的な構造を想定してきた。これは作中では起こった事件から論理的に解決を導き出す名探偵を想定させ、そこに起こった事件のスタティックな構造の提示をクイーンの特徴と考えてきたが、この「Xの悲劇」を考えると常に先手を打ってくる謎の犯人に対し名探偵はその推理力や行動力で対抗するという犯人対名探偵という対決の構図でプロットが進んでいくのが分かるのである。
 そして「後期クイーン論に向けた序章として」として書き進めてきた「災厄の町」以降の作品で犯人による探偵の論理のあやつりといういわゆる後期クイーン問題がクローズアップされていくわけだが、実はこの問題も「Xの悲劇」においてすでに前面化されていた「犯人対名探偵」の対決の構図が行き着く必然と考えることもできるだろう。
そして、昔読んだ時には意外な実行犯像に目が行ってそういうことには目がいかなかったが、「Yの悲劇」*2も犯人対名探偵だし、作者の一手としてのバールストン・ギャンビットだと言えるかもしれない。次は「Yの悲劇」も実際に読んでそれを再考してみたいと思う。「Xの悲劇」には演劇というメタファー(隠喩)も作品を覆っているが、それをより濃厚にしたのが「Yの悲劇」だろう。