下北沢通信

中西理の下北沢通信

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後期クイーン論に向けた序章として(番外編2)  エラリー・クイーン「Yの悲劇」(角川文庫)

後期クイーン論に向けた序章として(番外編2)  エラリー・クイーン「Yの悲劇」(角川文庫)

一昔前には意外な犯人のトリックの傑作としてエラリイ・クイーンならびに本格推理小説の代表作品とされていたのが「Yの悲劇」だったといっていいだろう。ただ、精神疾患の遺伝に関する描写などにおいて、現代の医学の定説とは違う記述が含まれており、しいてはそれが差別的な表現につながりかねないとの指摘から、現代の読者にとって特にそうした表現に対してセンシティブな欧米においては優れたミステリとして称揚することがなかなか難しい作品ともなっている*1
とはいえ、従来からの評価とは別の観点、「後期クイーン論に向けた序章として」の論考の一環として読み解いても「Yの悲劇」がエラリー・クイーンにとって重要な作品であることは否定できない。「Xの悲劇」で指摘した「名探偵対犯人」の構図はこの作品でも継続する。そして、「Xの悲劇」で指摘したバールストン・ギャンビット(先行法)はこの「Yの悲劇」においてもプロット構成の大きな柱となっている*2
ネタバレ


















 この作品が「グリーン家殺人事件」あるいは「僧正殺人事件」を下敷きにしたことは確かだとしても、「Yの悲劇」にはクイーンのオリジナリティーはもちろんある。そのひとつが後期作品に至り、クイーン作品の大きな構成要素となってくる「操り(マニピュレーション)」である。後期作品である「十日間の不思議」*3「盤面の敵」では「意図的といっていいくらいに、『Yの悲劇』のいくつかの要素を再使用している」(エラリイ・クイーンの世界)*4とフランシス・M・ネヴァンズJr.は指摘している。こうした点から見ても「Yの悲劇」がいわゆる三段論法的な論理とは異なる論理に支配されたクイーンワールドの原点のひとつであることは確かだろう。
 この作品には作品中に作中作として登場人物のひとりであるヨーク・ハッタ―が書いたというミステリ小説のシノプシスが出てくる。ヨーク・ハッタ―は作品冒頭で自殺により亡くなっており、そのシノプシスの通りの連続殺人事件を別の作中人物が実行するというのが「Yの悲劇」のメインのアイデアとなっている。「操り(マニピュレーション)」と書いたのは真犯人(殺人計画の立案者)により実行犯が操られていると見なすことができるわけだが、真犯人は事件が起こる時点ではすでに死んでいるともうひとつのアイデア(バールストン・ギャンビット)と組み合わされ、それが意外性のある犯人像を生み出しているのがこの作品の魅力である。
 「Yの悲劇」がどのように生み出されたかについて作者なり、近親の関係者なりが明らかにしているかどうかは分からないのだが、この作品が興味深いのはその後に明らかになってクイーンの創作方法と「Yの悲劇」のアイデアが明らかに二重重ねになっているように思われることだ。
 エラリイ・クイーンならびにバーナビー・ロス(当時)はマンフレッド・B・リーとフレデリック・ダネイという二人の従兄弟(近親者)の合作ペンネームなのだが、後年明らかになったことによれば共作の手法は、まずプロットとトリックをダネイが考案し、それをリーに梗概などの形で伝え、2人で議論を重ねたあとリーが執筆するという形を取っていた。
 実はこのことが後年リーによる執筆が不調に陥った時に別の作家がダネイのアイデアをもとに作品を執筆するといういわばクイーン工房のような形式をとっていくことなども明らかになっていくのだが、その概要がどのような形式で書かれていたのかということは不明なものの「Yの悲劇」に登場する「バニラ殺人事件」という「探偵小説のあらすじ」は明らかにダネイが考案していたという概要を連想させるところがある。
 実は「バニラ殺人事件」には誰か過去に指摘した人間がいるのかどうかは分からないのだが、ミステリ小説史上に残るアイデアが盛り込まれていた。そして、うっかりしていたがそのことに今回再読してみて初めて気が付いた。
 「バニラ殺人事件」は小説作法という部分に「一人称。犯人は私自身」と書き込まれているからだ。「Yの悲劇」が発表されたのは1932年。クリスティーが同じトリックに先鞭をつけたのが1926年なのでもちろんクリスティーの方が先行しているのだが、ここで同じトリックを引用するように持ってきているのはなぜだろう。
しかも「主役の探偵の人物像は?」の項目では「知性派探偵。外見はシャーロック・ホームズ、性格はポワロ、推理の手法はエラリイ・クイーンといったところか……」などとクイーンの名前とともにクリスティーの生み出した名探偵の名前も持ち出している。
 ここから先は実証すべき証拠もないし、私の妄想と思っていただいても構わないけれど、エラリイ・クイーンが「ローマ帽子の謎」でデビューしたのが1929年。この「バニラ殺人事件」が実はそれ以前に準備を進めていた幻のデビュー作の概要でメイントリックに考えていたアイデアを先にクリスティーに使われてしまったので、お蔵入りさせていたものを再び持ち出して「Yの悲劇」の核として使ったという可能性はないだろうか?
 そこまでは言えなくても、「Yの悲劇」のプロットの構造がクイーンの合作の実際を反映し、後期の作品においてはさらなる「操り(マニピュレーション)」へのこだわりがクイーンという作家の本質(アイデアと執筆者の二重性)とつながりがあるという想定には「Yの悲劇」の再読を終えてかなりの確信を持ったのである。


Yの悲劇 (角川文庫 ク 19-2)

Yの悲劇 (角川文庫 ク 19-2)

*1:日本ではそれでもまだまだこの作品の評価は高いが、クイーンの代表作として近年「災厄の町」などが挙げられることが多い一員としてそういう理由もあるのかもしれない。

*2:もっとも、この作品についてはプロットの先例をヴァン・ダイン「グリーン家殺人事件」に求める指摘は以前から複数の論者によりなされているが、クイーンがそれを下敷きとしているのは間違いないと思う。

*3:simokitazawa.hatenablog.com

*4: