下北沢通信

中西理の下北沢通信

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東京演劇アンサンブル「ウィーンの森の物語」@東京芸術劇場

東京演劇アンサンブル「ウィーンの森の物語」@東京芸術劇場

「ウィーンの森の物語」の作者はエデン・フォン・ホルヴァート。第2次世界大戦の直前までオーストリアなどで活躍した劇作家である。東京演劇アンサンブルはブレヒトをはじめとしたドイツ演劇を積極的に上演していることで知られる劇団だ。ブレヒトのような古典にとどまらず最近では現代作家の紹介にも努め、ドイツ演劇上演について広いレパートリーを持っている。
そういう意味ではドイツ演劇の研究者である大塚直(訳・ドラマトゥルク)と組んで、おそらく日本にはこれまであまり紹介されたことがなかった(かもしれない)エデン・フォン・ホルヴァートの作品を上演したことは意義はあることだったかもしれない。ただ、正直言ってこの「ウィーンの森の物語」が現代の日本で上演するのに適切な演目であったのかについては舞台を見終わった後も大きな疑問が頭の中で渦巻いているのだ。
 見る前は表題の「ウィーンの森の物語」からオペレッタ風の恋愛劇かなというようなことを想像していたのだが、これは全然そういうものではなく、どちらかというと当時のウィーンの下層階級の人々を活写した風俗劇のように見える。当時の上演がどのようなものかは分からないが、今回の公家義徳の演出はポップアートのような衣装といい、ほおにピンクを塗ったりしたヒロインのメイクといい、リアリズムで人々を描くというよりは童話的、あるいは寓話的なお話として登場人物を見せていこうという意図を感じさせた。
 一言で説明するとこういうビジュアル面での印象は子供向けのミュージカルのような雰囲気なのだが、内容はそれとはまったく真逆なノミ屋をやっているチンピラ(アルフレート)や彼に惚れてしまい婚約者である肉屋を捨てて飛び出してしまうヒロイン(マリアンネ)はじめとして、まったく共感できないような下世話な人物ばかりなのだ。そういう中でなかば自業自得とも見えるのだが、彼との間に赤ん坊が生まれるが、彼は働かず食べていくことができなくなる。しかたなく、キャバレーでのストリップ的ダンサーとして働き始めるが、肉体関係を強要する客との間でいざこざとなり警察沙汰となったうえに彼の実家に預けていた赤ん坊も病気で死んでしまう。
 出来の悪い脚本家が担当したNHKの朝ドラのようで、正直言ってここまでひどいのは視聴者から総スカンを食らいそうだ。不思議なのはそれでもこれは「椿姫」のような悲劇として書かれたものでもなさそうだし、喜劇として上演されていたのかなとも思うけれど、モリエールのようにコメディとして笑えるものというわけでもないし作者の意図がよくわからないのだ。これは翻訳や演出の問題というよりももともとの作品自体がそういうものだったからとしか思えなくて、どう見たらいいのかに当惑せざるをえなかった。モリエールブレヒトの作品にも確かに現在そのまま上演するのが困難なものはあるにはあるのだが、上演を見てここまで????ということはないので、後世に残るものは残るというだけのものはあるんだと逆に思ってしまった*1
 あと作品自体とは直接の関係はないのだが、舞台美術に池田ともゆきの名前を見つけ懐かしく思い、それを感がると風船を使った美術はらしかったかもしれない。振付の三東瑠璃のクレジットにも驚かされた。出演者のダンスの技量ということもあるが、こちらはもう少し彼女らしい表現がダンスの部分で見られたらなと終了後に初めて気が付き、思ったのも確か。ただ、いずれにせよコンテンポラリーダンス振付家がこういうところでも活躍できるのはいいことだと思う。今後も期待したい。

-愚かしさのようなものほど永遠を感じさせるものはない
ホルヴァート生誕120年記念公演

作 エデン・フォン・ホルヴァート
訳・ドラマトゥルク 大塚直
演出 公家義徳

<スタッフ>
音楽 国広和毅
舞台美術 池田ともゆき
衣裳 稲村朋子
振付 三東瑠璃
照明 真壁知恵子
音響 島猛
舞台監督 三木元太
宣伝美術 久保貴之 奥秋圭
制作 小森明子 太田昭

<出演>
★ウィーン
ルフレート(競馬の予想屋ヴァレリーのヒモ)  和田響き
マリアンネ(人形修理店の看板娘)  仙石貴久江
魔術王(マリアンネの父)  中山一朗(フリー)
ヴァレリー(未亡人のタバコ屋店主)  洪美玉
ヒアリンガー・フェルディナント(アルフレートの友人)  三木元太
オスカー(マリアンネの婚約者・肉屋店主)  雨宮大夢
ハヴリチェク(肉屋の従業員)  大橋隆一郎/小田勇輔
騎兵大尉(第一次大戦の時の大尉)  浅井純彦
エーリヒ(ドイツから留学中の魔術王の甥)  永濱渉
おばたち(魔術王の親類)  原口久美子
エマ(家政婦)  永野愛
男爵夫人(ナイトクラブのショーの元締め)  原口久美子
へレーナ(その妹で盲目)  永野愛
聴罪司祭  三木元太
ミスター(アメリカからの旅行者)  篠澤寿樹
司会者(キャバレーマキシムのショーの司会者)  小田勇輔/大橋隆一郎
★ヴァッハウ
母(アルフレートの母・城の管理人)  原口久美子
祖母(アルフレートの祖母・城の管理人)  志賀澤子

あらすじ:
美しく青きドナウのほとり、ウィーンの下町の商店街。
人形修理店の娘マリアンネは、隣の肉屋のオスカーとの婚約から逃がれ、ゴロツキのアルフレートに一目惚れして駆け落ちする。肉屋なら食いっぱぐれないだろうと安心して娘の結婚を願っていた父(魔術王)は、娘との縁を切る。
一年後、アルフレートとマリアンネの間には乳飲み子がおり、生活は困窮している。かつての情熱は消え去り、マリアンネはアルフレートの実家に息子を預けて働き口を探す。
マリアンネの父は甥エーリヒやその愛人ヴァレリーらとワインの新酒を祝う会で飲んでいたが、騎兵大尉に連れていかれたキャバレーで、半裸の踊り子として登場したマリアンネと再会し、激怒する。客からの売春を拒否するマリアンネだが、その腹いせに、金を盗んだと警察に突き出され、留置所に入れられてしまう。
マリアンネを不憫に思ったヴァレリーの計らいで、マリアンネと父はなんとか和解。元婚約者のオスカーもマリアンネを受け入れ、皆でアルフレートの実家に息子を迎えに行く。
大団円と思いきや、息子は祖母によって殺害されていた。マリアンネの悲痛な叫びの中で幕。

訳者によるホルヴァート研究の論文
後期ホルヴァートと「ヘンドルフ・サークル」
――喜劇『フィガロの離婚』から透かしみるナチ時代の亡命生活――

Der späte Horváth und »der Henndorfer Kreis« :
Zur Emigration in der Nazizeit im Spiegel der Komödie Figaro läßt sich scheiden
大塚直
https://core.ac.uk/download/pdf/231082901.pdf

*1:私がそう思うだけでエデン・フォン・ホルヴァートが今でも現地では人気の高い作家で、上演もよくされているということがあるのなら申し訳ない。