下北沢通信

中西理の下北沢通信

現代演劇やコンテンポラリーダンス、アイドル、ミステリなど様々な文化的事象を批評するサイト。ブログの読者募集中。上記についての原稿執筆引き受けます。転載依頼も大歓迎。simokita123@gmail.comに連絡お願いします。

いいへんじ二本立て公演 『器』(2回目)@こまばアゴラ劇場

いいへんじ二本立て公演 『器』(2回目)@こまばアゴラ劇場


いいへんじ『器』@こまばアゴラ劇場を2度目の観劇。いいへんじは早稲田大学の演劇サークル、早稲田演劇倶楽部出身の劇団。早稲田演劇倶楽部といえばかつてカムカムミニキーナポツドールなどの人気劇団を輩出、早稲田の演劇サークルでは演劇研究会と並ぶ名門といっていいが、卒業後も継続して活動し、それなりの知名度を持つ劇団としてはひさびさの登場といっていいかもしれない。
 劇研出身の劇団が第三舞台山の手事情社、東京オレンジ、双数姉妹などある種の劇研カラーともいうべき「らしさ」をまとっているのに対して、演劇倶楽部出身の劇団の特徴は作家主義といってもいいかもしれない。作演出を務める主宰者の個性が色濃く出ているのが特徴で、それぞれの劇団にあまり共通点はない。いいへんじもやはりその伝統に忠実というか、先輩劇団との間に類似点は見られない。
 いいへんじを率いるのは作・演出の中島梓織。本公演として実際に作品を見たのはこれが初めてだが、人が心に抱える精神的な病症や闇の部分を繊細なタッチで描いていくのが持ち味といっていいだろう。「器」には現代に生きる若者の生きにくさを象徴する存在として、死に神か座敷童か背後霊に見える「死にたみ」が人格化(キャラ化)されて登場する。「死にたみ」というキャラ自体は「登場するのはこれが初めて」(中島梓織)だが、「心の中に潜む存在を具現化したものが作品中に登場したことは以前にもあり、それは自分の心の中にもいるものだ」(同)と中島は話しており、病症として医学的な分析すればそれは「鬱」とかと名付けられるのかもしれないが、例えばこの作品中にも「死にたみ」に憑りつかれた3人の人物が登場するが、彼女と一緒に暮らし就活をしている男性、兄弟と同居している無職の男性、ひとり暮らしでネット配信をしている女性とそれぞれに異なる生活環境におり異なる問題を描いていくが、それを丁寧に描き分けていくことで、例えば医療的な見地からすれば鬱病とかそれに類するような症例として診断され一般化されるがちなものを「死にたみ」という存在を媒介として描きだす。
 表題の「器」というのは恋人と二人で出掛けた旅行先で焼いた陶器の器を壊して割ってしまうエピソードがあり、こうした心の病が本人を蝕んでいくのにとどまらず、自分が大切な人の苦境に何もできないという無力感から周囲の人間との関係も壊されていくという状況を象徴するような出来事として、それを表題としたということなのだろうと思う。
 舞台上で顔が隠されてしまうマスクの問題などもあって、コロナ禍の現状をリアルに描き出した演劇作品がまだまだ少ない中で「器」は入社したがいきなり在宅勤務の状況に置かれる新入社員や人とのコミュニケーションがスマホやネット経由でしかできない孤立した若者の状況を描き出した作品ともなった。ただ、それは対面で会って話をした男がそれまでネット経由で交流していた女性を意図せずして傷つけてしまうなど対面で会えば解消されるということではないんだということも丁寧に描かれている。

作・演出:中島梓織(いいへんじ)
現代社会を生きる若者の陰にひっそりと隠れる「死にたみ」について考える二本立て公演


『器』
ゆるしたかった ゆるせなかった そんなわたしを ゆるしてほしかった“愛することはゆるすこと”なら わたしはあなたを愛せないのか

『薬をもらいにいく薬』
旅人のような恋人が 帰ってくる日がやってくる 花でも買いに行こうかと外に出ようとしたけれど 外に出るためのあれがない あるのは不安と不満だけ

いいへんじ
早稲田大学演劇倶楽部出身の演劇団体。2016年結成、2017年旗揚げ。構成員は、中島梓織、松浦みる、飯尾朋花、小澤南穂子。答えを出すことよりも、わたしとあなたの間にある応えを大切に、ともに考える「機会」としての演劇作品の上演を目指しています。個人的な感覚や感情を問いの出発点とし言語化にこだわり続ける脚本と、くよくよ考えすぎてしまう人々の可笑しさと愛らしさを引き出す演出で、個人と社会との接点を見出したいと考えています。

出演
『器』
出演:松浦みる、飯尾朋花、小澤南穂子(以上、いいへんじ)、竹内蓮(劇団スポーツ)、波多野伶奈、藤家矢麻刀、箕西祥樹、宮地洸成

『薬をもらいにいく薬』
出演:飯尾朋花、小澤南穂子(以上、いいへんじ)、遠藤雄斗、小見朋生(譜面絵画)、タナカエミ
声の出演:松浦みる(いいへんじ)、野木青依
スタッフ
作・演出:中島梓織(いいへんじ)
演出助手:坂本沙季(明日は、寝たくない)、中荄啾仁(劇団夜鐘と錦鯉)、新田周子
演出補佐:八杉美月
ドラマトゥルク:鈴木南音
舞台監督:石橋侑紀(シラカン
照明:早野陵
照明操作:中西空立
音響:大嵜逸生
音響操作:澤あやみ
衣装:カワグチコウ
劇中音楽:野木青依、Vegetable Record
宣伝美術:たかはしともや(Moratorium Pants)
記録写真:月館森(露と枕/盤外双六)
制作:宮野風紗音(かるがも団地)
制作補佐:田中遥

芸術総監督:平田オリザ
技術協力:黒澤多生(アゴラ企画)
制作協力:蜂巣もも(アゴラ企画)