下北沢通信

中西理の下北沢通信

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パニック障害の女性 アンビエントな音楽にのせて繊細に描く いいへんじ二本立て公演『薬をもらいにいく薬』@こまばアゴラ劇場

いいへんじ二本立て公演『薬をもらいにいく薬』@こまばアゴラ劇場



いいへんじ『薬をもらいにいく薬』は昨年7月に芸劇eyes番外編 vol.3『もしもし、こちら弱いい派 ─かそけき声を聴くために─』で上演されたいいへんじ『薬をもらいにいく薬(序章)』の完全版である。
 今回同時上演された『器』とは異なり、こちらは「死にたみ」のような奇妙らキャラは出てこず基本的には日常を描いた会話劇である。こちらも精神的障害*1(症状からすると不安神経症パニック障害か?)を抱える女性が描かれるが、演劇様式としては平田オリザ流の現代口語演劇に近い。
 薬を切らしたまま医者にも行けずに自宅にこもりきりの女と彼女のバイト先の先輩からの依頼を受けて彼女の自宅を訪問することになった男性の2人がこの作品のメインの登場人物だ。
 出演者は全員で5人。ほかにも職場の同僚らもいるにはいるのだが、主要な二人のやりとりのみにほぼフォーカスされている。背景のようにしか存在してないが、それでも舞台上に居ることで、二人が完全に孤立して存在しているのではなく、社会がその外側に広がっているということが示されている。
 女は恋人と同居しているが旅雑誌のライターで忙しい同居人は取材旅行に出たまま帰ってこない。女はクリニックに通いパニック障害による発作である過呼吸などの症状を緩和する薬の処方を受けているが、あいにく薬を切らしてしまい、その間も症状の悪化により、薬の処方を受けるための通院も予約が取れず、薬をもらいにいくことができない。
 一方、女を訪問した男は同性カップルの片割れでもあり、引っ越しを考えて住居探しに悩むほか、これも精神的に不安定でクリニックに通院しているカップルの相手とのコミュニケーションで悩んでいる。
こうした状況を背景に女が訪問した男にこれからきょう帰京するはずの男を迎えにいくために羽田空港に行きたいから付き合ってくれと頼みところから物語は始まる。
 自宅とバイト先のカフェがある西荻窪から二人は中央線に乗って羽田空港に向かう。ところが中野駅の手前で北関東(茨城県だったか?)を震源とする地震に遭遇。女性が過呼吸の発作を起こして、ホームのベンチに座りこんでしまうまでのわずかな時間を過去の出来事の回想なども挿入しながら、細部を顕微鏡で拡大するかのように丁寧に描き出していく。
この日は開演前に作品に音楽を提供している野木青依によるマリンバの生演奏があり、それで初めて気が付いたのだが、いいへんじの作品では『薬をもらいにいく薬』でも『器』でも作品全編にわたってアンビエントな曲想の音楽が作品世界の空気感をつかさどる基調低音のように流れ続けている。音楽はいずれも作品のために製作されたオリジナルの曲であり、こうした音楽と作品の言語テキストとの関係はどのようになっていて、どのように製作されているのかについては一度詳しく聞いてみたいところだが、そういう意味ではいいへんじの舞台は一種の音楽劇といってもいいのかもしれない。一見、舞台の演技やセリフと音楽の関係は映画の劇伴音楽のようにも感じられるが、ここでは登場人物のセリフはあっても、それぞれのシーンの空気感を規定する役目を果たしているのではないかと感じた。
vegetablerecorddigital.bandcamp.com

作・演出:中島梓織(いいへんじ)
現代社会を生きる若者の陰にひっそりと隠れる「死にたみ」について考える二本立て公演


『器』
ゆるしたかった ゆるせなかった そんなわたしを ゆるしてほしかった“愛することはゆるすこと”なら わたしはあなたを愛せないのか

『薬をもらいにいく薬』
旅人のような恋人が 帰ってくる日がやってくる 花でも買いに行こうかと外に出ようとしたけれど 外に出るためのあれがない あるのは不安と不満だけ

いいへんじ
早稲田大学演劇倶楽部出身の演劇団体。2016年結成、2017年旗揚げ。構成員は、中島梓織、松浦みる、飯尾朋花、小澤南穂子。答えを出すことよりも、わたしとあなたの間にある応えを大切に、ともに考える「機会」としての演劇作品の上演を目指しています。個人的な感覚や感情を問いの出発点とし言語化にこだわり続ける脚本と、くよくよ考えすぎてしまう人々の可笑しさと愛らしさを引き出す演出で、個人と社会との接点を見出したいと考えています。

出演
『器』
出演:松浦みる、飯尾朋花、小澤南穂子(以上、いいへんじ)、竹内蓮(劇団スポーツ)、波多野伶奈、藤家矢麻刀、箕西祥樹、宮地洸成

『薬をもらいにいく薬』
出演:飯尾朋花、小澤南穂子(以上、いいへんじ)、遠藤雄斗、小見朋生(譜面絵画)、タナカエミ
声の出演:松浦みる(いいへんじ)、野木青依
スタッフ
作・演出:中島梓織(いいへんじ)
演出助手:坂本沙季(明日は、寝たくない)、中荄啾仁(劇団夜鐘と錦鯉)、新田周子
演出補佐:八杉美月
ドラマトゥルク:鈴木南音
舞台監督:石橋侑紀(シラカン
照明:早野陵
照明操作:中西空立
音響:大嵜逸生
音響操作:澤あやみ
衣装:カワグチコウ
劇中音楽:野木青依、Vegetable Record
宣伝美術:たかはしともや(Moratorium Pants)
記録写真:月館森(露と枕/盤外双六)
制作:宮野風紗音(かるがも団地)
制作補佐:田中遥

芸術総監督:平田オリザ
技術協力:黒澤多生(アゴラ企画)
制作協力:蜂巣もも(アゴラ企画)

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