下北沢通信

中西理の下北沢通信

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佐藤滋とうさぎストライプ「熱海殺人事件」@こまばアゴラ劇場

佐藤滋とうさぎストライプ「熱海殺人事件」@こまばアゴラ劇場

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つかこうへいの熱海殺人事件は演劇好きなら誰もが一度は観たことがあるであろう。現代演劇の古典といってもいい作品だ。特に私が以前住んでいたことのある関西の小劇場界ではこの「熱海殺人事件」は誰もが意識せざる得ない特別な作品であった。それというのは今となっては歴史の一コマになってしまっている*1が、1982年に関西での小劇場演劇の聖地とされていた阪急ファイブオレンジルームで「熱海連続殺人事件」と言われる企画が行われ、それに人気学生劇団4劇団(劇団そとばこまち辰巳琢郎劇団☆新感線いのうえひでのり、第三劇場(劇団M.O.P.)=マキノノゾミ、シュンタロウ劇団=秋山シュン太郎)が参加、覇を競うように「熱海殺人事件」を連続上演したことがあり、その後勃興する関西小劇場ブームの原点となっていくという出来事があったからだ。残念ながらその時の公演を自分の眼で観劇することはかなわなかったのだが、上記の公演に参加していた、いのうえひでのり辰巳琢郎マキノノゾミら関西ではほとんどの演劇人がつかこうへいの強い影響下にあり、そういう中でその下の世代の若手劇団などが「熱海殺人事件」を上演するということは「こんなのつかじゃない」「つかはこうあるべきだ」など口うるさい先輩世代の風圧を受けることになった。
 もちろん、今回の演出の大池容子は大阪出身とはいえ「熱海連続殺人事件」がやられたころには生まれてもいないわけだし、そうした過去の風潮とは無縁なはず。青年団演出部に所属している群像会話劇の担い手でもあるが、「平田オリザ氏と、アングラ第二世代の旗手であるつかこうへい氏。対極の存在である両者に影響を受けた」と自ら公言するだけあって、そういう風に言われてみるとなぜうさぎストライプの登場人物が芝居の中で突然歌いだすのかとか、劇的なBGMを好んで使うのかとかかねがね疑問に思っていたことも、今回の「熱海殺人事件」を見て、つかこうへいという名前を改めて意識すると疑問が氷解するところもあった。
 さて、ここからはやっと本題に入るが、そんな関西演劇の洗礼を受けてきた人間として今回の佐藤滋とうさぎストライプ「熱海殺人事件」はどう見えただろうか?つかの特色のひとつに口角泡を飛ばしたような熱いセリフ回しとそこから発生するなんといえない熱い人物造形がある。それがどんなものかは「熱海殺人事件 ロンゲストスプリング」の映像*2を見ていただければはっきり分かるはずだ。しかし、もちろん平田オリザの舞台の現代口語演劇でやるわけではないが今回の上演ではそうした熱量においてはやはり温度が低く感じられるのだ。ただ、逆に言えばつか的な演出はよくも悪くも一本調子なことで、それを互いまれな出演俳優のテンションの高さが生み出す観客を引き込む力で無理やりねじ伏せる。
 それと比較すると今回の大池容子演出ではそれぞれの出演者からの「圧」はそこまでは感じられないが、戯曲の持つ警察=演出家、犯人=俳優という演劇構造のメタファーに従ってよりきめ細かく、繊細にそれぞれのシーンが演じられていることがうかがいとれた。最後に出演者それぞれの経歴を調べていて、非常に興味深く思ったのは今回の公演をうさぎストライプと共同主催した佐藤滋(青年団)が冒頭に書いた「熱海連続殺人事件」の参加者のひとりだったマキノノゾミの代表作である「東京原子核クラブ」に出演していたことがわかったことだ。「東京原子核クラブ」は演出が宮田慶子だが、それ以前には帝国劇場の「雪まろげ」でマキノノゾミから演出を受けたこともある。それは商業演劇でもあり、そのことがつかこうへいへのこだわりと直接の関係があるかどうかは分からないのだが、人が生きてきた数奇なつながりのようなものを感じたのだ*3
それぞれ別の企画のため、意図したものではないと思うが、このところ青年団別役実、太田省吾、つかこうへいと現代演劇の巨匠の代表作品が相次ぎ上演されたということは興味深い。

作:つかこうへい 演出:大池容子
虚構を遊び尽くした先にある、真実についての物語。
静かな演劇を代表する平田オリザ氏と、アングラ第二世代の旗手であるつかこうへい氏。対極の存在である両者に影響を受けた大池容子の作劇は“静のダイアローグ”と“動のモノローグ”という特徴を持ち、つかこうへい氏の紡ぐ、感情に訴えかける言葉はうさぎストライプの作品に大きな影響を与えました。
演劇の“嘘”を用いて死と日常を地続きに描く、うさぎストライプの『熱海殺人事件』は、虚構を遊び尽くした先に辿り着く、真実についての物語です。
うさぎストライプ
2010年結成。「どうせ死ぬのに」をテーマに、演劇の嘘を使って死と日常を地続きに描く作風が特徴。
『バージン・ブルース』で平成30年度「北海道戯曲賞」大賞受賞。

出演
佐藤滋(青年団) 実近順次 高畑こと美 木村巴秋(青年団

スタッフ
舞台監督:杉山小夜
舞台美術:新海雄大
照明:黒太剛亮(黒猿)
音響:泉田雄太
音響操作:秋田雄治
小道具:陳彦君
制作:金澤昭(うさぎストライプ)
宣伝美術:西泰宏(うさぎストライプ)

芸術総監督:平田オリザ
制作協力:曽根千智(アゴラ企画)
技術協力:黒澤多生(アゴラ企画)

日時
2021年3月10日[水] - 3月21日[

*1:http://www.takusoffice.jp/img/works/clip/2019/190801.pdf

*2:www.youtube.com

*3:冒頭で「熱海連続殺人事件」の話を書いた時点ではこの辺の事情は知らなかった。