下北沢通信

中西理の下北沢通信

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ネタバレあり感想。東のボルゾイ新作ミュージカル BAD NIGHT COMEDY『バウワウ』@中目黒キンケロ・シアター

東のボルゾイ新作ミュージカル BAD NIGHT COMEDY『バウワウ』@中目黒キンケロ・シアター


東のボルゾイ東京藝術大学出身の島川柊(作)、久野飛鳥(作曲)、大舘実佐子(演出)によるミュージカル劇団。これが作品を見るのは初めてだが、キャストに芸大出身者も多いせいなのか、アンサンブルも含め歌の実力は相当以上ものと感じさせた。生演奏の劇伴音楽とともに作るライブ感のあるステージは本格的なミュージカルの味わいを感じさせた(下記はPR動画だが、楽曲の一部も聴くことができる)。
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 ただ、今回の舞台「バウワウ」の作品自体がどうなのかというと当惑させられるところがかなりある。不眠症に悩まされて困っている主人公の女性(石橋佑果)のもとにかつて飼っていた犬のペロ(阿部美月)が現れるところから物語は始まる。この時点で全体としてのリアルな物語というよりはファンタジーなんだなというのが分かるのだが、この物語の本筋は主人公がなぜ眠れないのかという謎を巡って展開していき、それが過去の出来事によるトラウマと最近起きた出来事によって引き起こされた精神的な負荷が原因となっていることが明らかにされる。だが、どちらの出来事ともに当事者的には大変な出来事だったんだろうなと理屈では分かってもそれに感情移入はしにくいのだ。

以下ネタバレ
 ネタバレを避けるためにやや具体性に欠ける書き方になっていたが、ここからはネタバレ解禁とする。(そういうのが嫌な人はここで引き返してほしい)。

























 劇団のホームページの案内で「作品内でセクシャルハラスメントセカンドレイプを扱っています。行為を肯定、助長する内容ではありません」とのお断りが提示されているのだが、作品冒頭で伏せられていた不眠の理由とは会社の先輩から受けたセクハラとそのことがきっかけになってセクハラ告発と社内の抗争で先輩とその女性上司と間で起こった社内での抗争めいた出来事に巻き込まれていくことによる精神的負担に耐え切れなくなったことから起こったのだということが分かってくるのだ。
 ミュージカルにはなりにくいような社会的な問題をあえて物語の主題に取り込んでいくことにはなみなみならぬ挑戦精神を感じた。それでも見ていてすんなりと腑に落ちたという風にはならないのはいくつか理由があるのではないかと考えた。
 一つ目、そしてもっとも大きな理由は私が男性の高年齢者だからということだ。もちろん、男性だからといってセクハラ行為に及ぶ先輩男性に共感することはいっさいないが、逆に女性側の気持ちに完全に同調できるかというとそれは無理なことは認めざるをえない。
 これはこういう問題を描くときに避けがたく起こってくることではあるが、この「バウワウ」に腑に落ちないと書いたのは問題がそれだけではないと感じたからだ。
 大きな違和感のひとつは犬のペロの存在である。主人公の女性は愛犬のペロを自動車への飛び出し事故で亡くし、それを自分がペロを殺したと思いこむことでの自責の念から、そのことに向かい合うことをせずに記憶を封印して生きてきた。冒頭で「過去の出来事によるトラウマ」とぼかしたのがこれだ。
 セクハラに伴う二度目の精神的危機による不眠によってペロが話も出来る人間のような存在として主人公の心中に呼び覚まされるという論理構造になっている。理屈としては分かるのだが、愛犬の死とセクハラは直接結びつけるには方向性の違いすぎる出来事ではないか。どうも物語の構築に際し理屈が先行している気がするのだ。
 作品を見て面白く思ったのは物語の中で何度となく引用されるデカルトら哲学者の言説の引用をはじめ、この人はロジカルな思考を弄ぶのが好きな人なんだろうなということだった。性差による違いなどをことさらに持ち出すのはこの作品自体の趣旨にもそぐわないが、こうした理屈っぱさには若い男性作家の一部(例えば綾門優季や小田尚稔ら。))との共通点を感じた。
 それを踏まえたうえで今回の作品を見ると作者の資質とモチーフの間に若干のミスマッチがあってそれが見ていて違和感を感じてしまったのではないか。この人は作家としての資質と主題選定がうまく噛み合った時にこそ本来の実力が発揮されるような気がする。
 久野飛鳥の音楽・演奏はとてもよかった。最初の前奏を聴いた時点で普通のミュージカルらしさとは少し違う前衛ジャズや現代音楽を思わせる乾いた質感に「あれ?」と思わせる部分があったのだが、集団のオリジナリティーに大きな寄与をしているのではないかと思う。
 こういう書き方をすると本人には不満かもしれないだろうが、大舘実佐子の演出には圧倒的な安定感を感じた。物語的な起伏がない割りに場面展開の多い進行は下手をするとバラバラになってしまいかねないところを力技でまとめあげた印象がある。
 今回は作家の島川柊に対して厳しめな感想となってしまったが、島川も含め3人の全体としてのポテンシャルは非常に高い。それがうまく嚙み合った時に爆発的な力が発揮され、傑作が生まれる予感も感じさせられた。次はどんな作品を見せてくれるかが楽しみな集団だ。
 最後に一言付け加えておくと中目黒キンケロ・シアターは素晴らしい。隣の席の椅子との間に透明なシートが付けられており、飛沫感染を防ぐような設えになっている。包み込まれるような安心感があり、安心して舞台を楽しむことができた。

日時:2022年7月22日(金)~25日(月)
   7月22日(金)19:00
   7月23日(土)13:00/18:00
   7月24日(日)13:00/18:00
   7月25日(月)12:00/15:30
劇場:中目黒キンケロ・シアター
公演特設サイト:www.easternborzois.com/bowwow

出演: 石橋佑果、阿部美月、鈴木大菜、曽根大雅、志村知紀、関万由子、須田遼太郎、三浦詩乃 泉里晏、今井愛衣莉、尾曲凱、OMI、久保田伶奈、ケンケン 小森菜々子、定岡諒、鈴木美紀、泰道明日香、都竹悠河
作: 島川柊
作曲: 久野飛鳥
演出: 大舘実佐子
主催: 東のボルゾイ

【Introduction】
2021年、ミュージカル『なんのこれしき2020』『ジョウジの1ページ』、今年2月『彼方が原』を上演し、邁進を続ける東のボルゾイ。この夏の新作は、バッドナイトコメディ『バウワウ』。不眠症の主人公 矢野弓が、死んだはずの愛犬と一夜の冒険に出かけます。夜が更けるにつれ明かされていく、ある事件。果たして、今日こそは安心して眠ることができるのか。人間関係に翻弄される弓を通して、コミュニケーションの難しさ、それによるアイデンティティの揺らぎを描きます。脚本 島川柊・作曲 久野飛鳥・演出 大舘実佐子による、挑戦的な現代ミュージカルを是非劇場でお楽しみ下さい。

✴︎作品内でセクシャルハラスメントセカンドレイプを扱っています。行為を肯定、助長する内容ではありません。

【Story】
矢野弓は、近頃全く眠れない。自然回復を期待していたら、一睡もせず3ヶ月が経過した。ああ夜が、こんなにも長いとは。たった今も案の定眠れないが、おかしなことが起きている。枕元に知らない人がいる。表面がふわふわしている。弓が昔飼っていた犬を自称しているが、ペロはこんな見た目ではなかったし、こんなにベラベラ喋らない。誰だお前。眠れなくなった原因の心当たりは山ほどある。
リモートワークで生活が狂ったし、永遠だった剣ちゃんとの恋が崩壊しそうだし、自分が何を求めているのかわからないし、若いってだけで苦しいし、女ってだけで苦しいし、人間ってだけで笑えてくる。ちょっと前まで、こんなことは考えなかった。誰だ私。いや、確実な原因を本当は知っている。非常に認めたくないが、ちゃんと知ってるんだ。なかったことにできなくて癪だけど、この得体の知れないかつての愛犬に、話してみようか? 弓とペロの果てしなく長い夜が、はじまる。




劇団『東のボルゾイ』Info
Website https://www.easternborzois.com/
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