下北沢通信

中西理の下北沢通信

現代演劇やコンテンポラリーダンス、アイドル、ミステリなど様々な文化的事象を批評するサイト。ブログの読者募集中。上記についての原稿執筆引き受けます。転載依頼も大歓迎。simokita123@gmail.comに連絡お願いします。

日韓のドラマ撮影の内幕を描きだすコメディー 青年団の日韓交流ノウハウ活用 玉田企画『영(ヨン)』@東京芸術劇場

玉田企画『영(ヨン)』@東京芸術劇場


玉田企画『영(ヨン)』@東京芸術劇場を観劇。青年団のニュージェネレーションとしての玉田真也いうことがはっきり感じられた作品だった。
テレビドラマの撮影現場の内幕を描くという設定は玉田らしいといえそうだが、今回は舞台上で韓国ドラマの撮影現場と日本のテレビドラマの撮影現場の両方が描かれている。日本語、韓国語の両言語が飛び交う舞台空間、あるいは発話と同時に映し出される翻訳字幕などは平田オリザ青年団がこれまでの日本韓国の交流の中で蓄積してきたノウハウが存分に生かされた作品*1となっていた。
 日本のドラマの撮影場面は前原瑞樹(青年団)、山科圭太ら玉田組ともいえるいつもの面々が勢ぞろいし、笑いどころも多い。予算はない、自分の都合のよい嘘はつきまくる、都合が悪くなると逃げ出す、それでいて映画やテレビドラマのことは本当は愛しているから、そのだめだめさを憎み切れない。いかにも「これぞ玉田風味」と思わせる内容でしっかりと笑わせてもらった。
 一方で韓国ドラマの撮影場面は一転してシビアでタイト。話を面白くさせるためにかなり誇張している部分はあるのだと思うが、ある意味現在の日本のテレビ界の現実への批評的カルカチュアにもなっていて、そういう面白さもある。
 作劇上の仕掛けは表題と同じヨンという名前の女性(祷キララ)が登場していることだ。彼女はいつも親友のようにマリカ(長井短)の周囲にいて彼女にあれこれと話しかけるが実は現実の人間ではなくて、マリカが描いた作品の作中人物(父親にそう育てあげられた一流の殺し屋でもある)だ。そして、その姿はマリカにしか見えていないのだということが分かってくる。
 この仕掛けは演劇としては舞台上にかなり面白い効果を生み出している。彼女と男が言い争うのを別の男(韓国人俳優)が見ているという場面があり、彼女が去った後、見られたことについて言い訳をしようとするが、それを一人芝居と勘違いした俳優に「俳優としての才能がある」と感心されてしまうという場面などがその一例だ。そういう意味では存在価値があるのだが、全体を通してみると解せないところも多い。
 もっとも気になったのは作中でただひとりこのヨンのことが見えて実際に触れられる男がいることだ。当然「なぜそんなことが起こるんだろう」といろいろ考えさせられる。まず可能性として考えたのは「この男がヨンの生みの親であるマリカと関係があって、彼女が生み出された経緯となにか関係しているのかもしれない」という可能性。そうしたことの伏線として彼にだけヨンが見えるのだ」などと考えたが、そういう種明かしはいっさい示されずに舞台は終わってしまう。
 伏線とかを見落としているのかもしれないとも思うが、全体として面白い舞台だったと思いながらも、そこがいまだに釈然としないのはそういうところがあるからだ。もう一度見直してみたいと考えたが、その機会がなかったのが残念に思った。

玉田企画『영(ヨン)』
韓国の恋愛ドラマにハマった都内在住の会社員マリカ。この世界に入りたい!と一念発起して渡韓し、脚本家を目指す。まさかの1作目が大ヒット。だが釈然としないマリカ。なぜならその作品は恋愛ものとかけ離れたバイオレンス作品だったのだ。憧れと才能のギャップに悩むある日、謎の女が現れる…
日程
2022年09月23日 (金・祝) ~10月02日 (日)
会場
シアターイース
作・演出
玉田真也
出演
長井短、祷キララ、ファン・リハン、伊藤修子、李そじん(東京デスロック/青年団)、森優作、田中祐希(ゆうめい)、前原瑞樹(青年団)、森一生、山科圭太、玉田真也

プロフィール
玉田企画
玉田真也の作品を上演するための演劇ユニット。2012年より活動開始。
日常の中にある、「変な空気」を精緻でリアルな口語体で再現する。観る者の、痛々しい思い出として封印している感覚をほじくり出し、その「痛さ」を俯瞰して笑いに変える。
スタッフ
作・演出:玉田真也
舞台監督:鳥養友美
舞台美術:福島奈央花
音楽:額田大志
音響:池田野歩
音響操作:大堀巴瑠花
照明:山内祐太
照明操作:平井奈菜子
字幕操作:谷口順子
衣装:7A
舞台監督:鳥養友美
制作:河野遥
制作補佐:千田ひなた
イラスト:チェ・ジウ
宣伝美術:牧寿次郎
翻訳:キム・へジン
稽古場通訳:チェ・ヨンウォン
脚本協力:野田慈伸

*1:韓国人俳優役のファン・リハンは青年団+韓国芸術総合学校+リモージュ国立演劇センター付属演劇学校による『その森の奥』に出演していた俳優