下北沢通信

中西理の下北沢通信

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雪山遭難の男たち 佐藤滋、太田宏が迫真の演技 狭い空間生かした空間構成も秀逸 滋企画「K2」@こまばアゴラ劇場

滋企画「K2」@こまばアゴラ劇場



滋企画「K2」@こまばアゴラ劇場を観劇。加藤健一事務所「K2 運命のザイル」として本多劇場での上演を1997年に見ている。演出は綾田俊樹加藤健一、上杉祥三の出演である。その後、シスカンパニー堤真一草薙剛)による上演もあったがこちらは見ていない。世界第二の高峰「K2」の下山途中の氷壁で動きが取れなくなった二人の登山家を描いた二人芝居に青年団の俳優である佐藤滋が挑戦した。共演は青年団の看板男優の一人である太田宏。演出を伊藤毅が手掛けた。
舞台美術を含めた空間構成が面白かった。この舞台ではアゴラの通常の使い方では客席側に黒色のパイプで組まれた舞台が設営されているが、パイプを使い壁の三方向に組まれた部分が巨大なるK2の壁という設定で、ザイル1本だけで吊られて壁を右に左に上に下にと縦横無尽に動き回る佐藤滋の動きに思わず引き込まれた。
とはいえ演劇作品としての妙味は登場人物ふたりの対比にあるといってもいいだろう。「K2」が面白いのは登山家を描いた山岳ドラマではあるが、この二人の登山家を行動的な検事と理論物理学者という対照的な人物像で描いていることだ。事実そのままというわけではないが実在のモデルがあり、英国の現実を反映して思われるのはこの二人がともに社会的な地位もある社会人であることだ。しかもそのうちの一人は愛する妻と娘もいる。
 そして、最後まで舞台を見ていくとそうした設定が物語に独特の陰影をもたらしているのだということが分かってくる。この作品で効いているなと想うのはふたりのうちひとり(ハロルド=太田宏)が理論物理学者、それもクォークの共同発見者の一人という日本人の目からするとかなり突飛な設定を導入していることだ。現代の日本人からすると荒唐無稽にも見えるが、論理的整合性を重視するであろう物理学者をここに持ってきたのはかなり秀逸なアイデアと言える。もうひとつ言えば理科系のような冷徹な頭脳ではないけれどもうひとり(マイヤー=佐藤滋)も法律家である検事だというのもなかなか巧妙だ。
 目標としたK2山頂の攻略には成功したが、下山の途中で二人は滑落し、8100m地点で、身動きのとれなくなっている。下山の頼りとなるロープは1本を残して失われてしまい、残されたロープ1本だけでは隊の仲間がいるかもしれない地点にたどり着くことはできない。さてどうするのかというのがこの物語の中心主題のひとつとなる。
 ロープが1本しかないのなら、取り残してきたもう1本を取り戻すために決死のアタックをロープの残留地点に向けてかけるしかない。ハロルドの止めるのを待たずにマイヤーはひとりでザイルとロープをたぐり、氷壁に残されたロープの回収に向かう。
 この役を佐藤が演じるのだが、壁に組まれた黒い鉄柱の柱を横方向に縦横無尽に登り降りてみせる佐藤が素晴らしい。実はこの作品は本質的にはアクションというよりは会話劇なのだが、そこに過酷なヒマラヤ8000㍍級の高地の過酷な状況をイメージさせるのは佐藤の演技があってこそのことだ。
 しかし、ここからがこの作品の真骨頂だがマイヤーのこの試みは失敗、雪に埋まったロープを強引に引き出そうとした試みがふたたび雪崩を引き起こし、ふたりは雪崩にのみ込まれ残されたロープ1本とピッケル1本を除いた装備をほとんど失ってしまう。
 そして、実はここから先がこの作品のキモでもあるわけだが、ふたりの会話は論理的に考えてそれが唯一無二の回答であり結末であるべきところにハロルドはメイヤーをどのように説得するのかがきめ細かく描かれていく。
 実は結論自体は冷徹なもので私は舞台を見ながら、トム・ゴドウィンの短編SF小説「冷たい方程式」のことを考えていた。若いころとても好きで何度も読み直していたこともあるが、これは理論的に考えればどうしてもこうでなくてはならないという結論(方程式の解)があるにも関わらず、関係者の皆がどのようにそこに軟着陸するかという論理を超えた論理を描き出した物語だからだ。
 「K2」でもまずハロルドは足を怪我しており、1本のロープでマイヤーがハロルドを下ろし、二人とも助かるという解はないことが論じられる。そうなると残る結論はマイヤーだけが助かるための努力をするか、「友情」を重視してこのまま二人とも遭難死してしまうかのどちらかしかない。実は論理的な整合性からして、おそらくハロルドにとっては最初に滑落した時の境界条件から、後者の解がすべてだったのだと思う。
 そして、そのことを自分に納得させるために半ば一人語りのようにハロルドの独白が語られる。「冷たい方程式」を連想させたのはこの作品のこういうところで、会話の隅々にも情緒性の強い日本の戯曲とは対照的な論理の運びが感じられる。
 もっともこの舞台では終盤に太田が口角泡を飛ばすように熱演するところがあって、それがそれまでの冷静な感じと打って変わってやりすぎではないかと思うところがないではなかった。それが妻と娘をめぐる部分であるからさすがに冷静なハロルドも我れを失ったのかとも一度は考えたのだが、この熱弁がどういう種類のものだったかを思い返したときにこれはマイヤーを生き残らせるための演技ではないかと考えると腑に落ちるところがあった。親友である私のために最後のメッセージを愛する妻子に伝えてくれということはマイヤーに生き残るための目的を与えるものだったと思うからだ。
 実はこの舞台を見ている最中に何度も思いだしたのがやはり山岳での遭難をモチーフにした二人芝居である大竹野正典の「山の声」のことだ。この作品はこれまでオフィスコットーネプロデュースのレパートリー作品として再三上演され、青年団演出部の山田百次も配役されたこともあったが、この日の太田宏の演技を見ていると関西出身で関西弁も堪能な太田に佐藤と一緒に演じる「山の声」も見てみたい。
 


 

作:パトリック・メイヤーズ 翻訳:小田島雄志 演出:伊藤毅
[あらすじ]
舞台は、世界第二の高峰『K2』(標高8611m)。
下山途中の8100m地点で、身動きのとれなくなった二人の男。いま、かろうじて彼らを抱き留めているのは、垂直にそびえ立つ氷壁に出来た、ほんの小さなレッジ(足場となる岩棚)だ。その幅、2メートル40センチ、奥行き1メートル20センチ…。

[演出家コメント]

佐藤滋だから、やるんだぞ。滋企画、第1回目の演出を任されました。正直な話、責任が重大過ぎて・・・、つーか、翻訳劇慣れしてる他のいい演出家さんいるやろうがよー。
そう思った伊藤は、モハメドアリばりの蝶のフットワークと某ハンバーガーショップばりのスマイルを以て、逃げ回りました。結果、「関係ないよ!遊ぼうよ!」という、滋さんの大型犬のような「ガフガフ!」にあっけなく捕らえられたわけですが。大型犬って、可愛いから。目が可愛いすよね。
そんなわけで、佐藤滋と、世界第二の高峰『K2』に登ることになりました。青年団の至宝、俳優の太田宏も巻き添えです。舞台美術・照明・音響・舞台監督・制作スタッフも豪華です。佐藤滋のなせる業。大型犬て可愛いからなあ。愛されててよかったな、滋さん。
さあ、滋企画、第1回が始まります。これは、愛の冒険。

演出 伊藤毅

滋企画
青年団の俳優である佐藤滋が「一緒にやりたい!」と願う演出家、俳優、スタッフを集め、やりたかった作品を、皆で創りあげる企画。しあわせな冒険です。今回の『K2』が、第一回目となります。


出演
太田宏(青年団)、佐藤滋(青年団

スタッフ
舞台美術:鈴木健介(青年団
照明:西本彩(青年団
音響:泉田雄太
舞台監督:中西隆雄
宣伝美術:西泰宏(うさぎストライプ)
相談:朝比奈竜生(青年団
制作:河野遥(ヌトミック)

芸術総監督:平田オリザ
技術協力:黒澤多生(アゴラ企画)
制作協力:日和下駄(アゴラ企画)