下北沢通信

中西理の下北沢通信

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「ナンセンスでくだらないコメディー」 33年追及し続けた奇跡の集団。げんこつ団『1/0』ゼロ分のイチ@小劇場 楽園

げんこつ団『1/0』ゼロ分のイチ@小劇場 楽園



げんこつ団『1/0』ゼロ分のイチ@小劇場 楽園を観劇。公式サイトの「略歴」に「女子美術短期大学在学中の吉田衣里 “現・一十口 裏(いとぐち うら)” が、付属高校から続いていた”げんこつ団”を受け継ぐ形で校内公演活動開始。1991年に在学中ながら校外劇場での活動を開始し、この年を活動開始年とする」とあるので、今年で劇団発足33年。一十口 だけでなく、中心俳優で振付も担当する植木早苗や春原久子ら初期から参加しているメンバーも健在で、女性だけの劇団であり、それが30年以上活動を続けているのは驚異的なことではないかと思う。
実はちょうど25周年の時だった「四半世紀の大失態」のレビューにこのように書いた。

表題通りにげんこつ団の25周年記念公演である。一言で25周年というが、これはある意味驚くべき事だ。「純度の高い笑いだけを追求し続けるのは難しい。関西の雄、ベトナムからの笑い声が活動を休止したいま女性だけの劇団でありながら、なんの意味もなくただ笑いだけを追い求めるげんこつ団の存在は一服の清涼剤といっていい」と書いたのは何年前のことだろうか? ましてやげんこつ団は女性だけをメンバーとしている。作演出以外の旗揚げメンバーはすべて入れ替わり劇団が継続する例はあるがこの劇団は脚本・映像・音響・演出の一十口裏、振付・演出の植木早苗ら中心メンバーが健在であり、こうした形で25年続けてきたというのは稀有な例であろう。

 冒頭に書いた内容と○○周年という数字を変えたらコピペしたような文章だが、実はこれもげんこつ団の特徴。すでに解散している劇団が多々あるのはもちろんだが、旗揚げ近くから30年近くこの劇団を見続けてきて、どの作品がいつ見た作品でどのような内容のものだったのかという記憶があいまいなものとなっている。それはこれも稀有のことだが、「ナンセンスでくだらないコメディー」という作風が首尾一貫して変わらず、ほぼ同じようなテイストの作品を作り続けているからだ。
 それぞれの作品にはもちろん作品ごとの趣向はあり、この『1/0』では無限ホテルのパラドックスという数学比喩のイメージと多元宇宙論を敷衍(ふえん)したSF的アイデアが根底にはあるとは思う。だが、そういう理屈は1度それを呑み込んでしまえば、見ているうちにどうでもいいことのように思われてくる。
 短いシーンを次々とつないでいく厚生はおそらく、旗揚げ当初意識していた英国の人気コメディ番組『空飛ぶモンティ・パイソン』の影響を色濃く受けているのではないかと思われるが、先日物故した宮沢章夫ナイロン100℃ケラリーノ・サンドロヴィッチ、関西の故林広志らそうした系譜で笑いの演劇を標榜していた作家は少なくなかった。
 ケラなどはいまでもそうした作風に時折回帰するとはいえ、もはやそれが本線とは言いがたくなっているなか、それにこだわり続けるげんこつ団の姿は笑いの最先端を追究するというよりはむしろ愚直にそれを追究し続けるという意味合いではある種の伝統芸能のようにも見えてくる瞬間もある。「シュール」ということを追究し続けた揚げ句、逆に予定調和に到達してしまったようなところもないではないが、もはやそれはげんこつ団というひとつのジャンルを確立しているようなところがあり、そこは私にとっては「楽園」なのである。そういう意味でそれが今回「楽園」という名前の劇場で上演されたことは大きな意味があることだったのかもしれない。

2023年11月15日(水)〜11月19日(日)

劇場
小劇場 楽園
出演 植木早苗、春原久子、河野美菜、丹野薫、池田玲子、三明真実、工藤彩、久保田琴乃
脚本 一十口裏
演出 一十口裏