ブルーエゴナク「ふくしゅうげき」@こまばアゴラ劇場
作・演出:穴迫信一 振付:吉元良太
長い歴史を持つ飲食店「半月」。
そこに働く人々は企みを隠し持ち、機会を伺うように自分の真実を沈黙している。
企みが交錯していく中、事件が起きる。「半月」は跡形もなく消え去り、そこには「海」が広がっていく。2017年1月、北九州で初演を迎えたとき、この作品は作り手である僕、穴迫信一個人の物語として受け取られたように感じる。
お客さんはきっと自分たちとは関係のない安全な作品として、その世界を楽しんでいたと思う。
その3ヶ月後、京都で再演を迎える。印象は大きく異なり、お客さんは上演を自身の体験のように受け止め、静かに興奮していたように確かに感じた。
そして1年以上の月日が経ち、東京で上演されることが決まった。〈今〉という時間の変容が、作品と見手の距離を変えていく。
いよいよいつ誰がその当事者になるか分からない時代だ。次は誰の物語に見えるだろう。
穴迫信一
北九州拠点。ビート感と刹那的な叙情リリックをはじめ、音楽の感度を生かした手法を得意とする。無機質さと生々しい人間の感情が複雑に絡み合い、観る人にまるで直線と曲線が交錯するグラフィックアートのような印象を与える。上演場所は劇場だけでなく、商店街・ショッピングモール・モノレール車内など日常的な空間でも実施。
高松市アーティスト・イン・レジデンス2016や、京都・アトリエ劇研創造サポートカンパニーに選出されるなど、県外での滞在製作も意欲的に行う。
地域やジャンルの枠を越え、新たな人やカルチャーと出会い受けた刺激を糧に、目に見えない『生々しい感覚』を体内からつかみだすような作品を作り続ける。
今年、ロームシアター京都×京都芸術センターU35創造支援プログラム”KIPPU”に選出され、12月にロームシアターで新作を上演。
出演
田崎小春 高山実花 木村健二(飛ぶ劇場) 葉山太司(飛ぶ劇場) 脇内圭介(飛ぶ劇場)
隠塚詩織(万能グローブ ガラパゴスダイナモス) 阿比留丈智(劇団チャリT企画)
平嶋恵璃香(ブルーエゴナク) 穴迫信一(ブルーエゴナク)
スタッフ
舞台監督・美術:森田正憲((株)F.G.S.)
照明:礒部友紀子((有)SAM)
音響:大谷正幸((有)九州音響システム)
演出助手:鈴木隆太
振付:吉元良太
衣装:佐藤恵美香
イラスト:佐々木充彦
宣伝美術:平嶋恵璃香
広報:松本京子
制作:藤井ちづる 黒澤たける 亀井琴絵
芸術総監督:平田オリザ
技術協力:鈴木健介(アゴラ企画)
制作協力:木元太郎(アゴラ企画)
ブルーエゴナクは北九州市を本拠とした劇団。北九州市といえばかなり演劇は盛んな土地柄で以前はこまばアゴラ劇場にも「飛ぶ劇場」が毎年のように来て東京公演を定期的に行っていた時期もあったが、東京には来なくなってひさしいこともあり、ひさびさに見た北九州の劇団となった。
中華料理店「半月」の複雑かつ不穏な人間関係がついには店舗焼失事件を引き起こすにいたる事件の謎解きが舞台に引き込まれていくきっかけにはなるのだが、伏線がきれいに回収され謎が解かれていくような物語ではない。台本でチェックしていないのではっきりしたことは言いかねるが、登場人物は誰もが誰かに歪んだ恨みを持ち続けており、客に下剤を入れたり、店の売り上げを誰かのポケットに押し入れたりするのだが、「私はそれを誰れがしたのかを知っている」「目撃した」などの証言も何が本当なのかあやふやなものにすぎないのだ。
ここで表現されたことには何か暗喩(メタファー)的な裏の意味がありそうにも思われる筋立てだが、そういうものでもなさそうだ。
特にラストシーンは何か象徴的な意味がありそうだが、意味だけを考えてもどうもうまく焦点をむすばない。
ここまで「~でない」という表現ばかり、取り上げているため批判しているように聞こえるかもしれない、実はそうではない。そこにこの芝居のオリジナルさ、
面白さがあるのではないかと考えているからだ。
この作品は名状しがたい不穏な空気感に満ちていて、その嫌な感じを提示することこそ肝ではないかと思うようになった。
作・演出の穴迫信一によればもともとは1シチュエーションのコントを作っていたのが、演劇に転向したということらしい。コント出身の劇作家・演出家ということであればすぐに宮沢章夫が思い出されるが、笑えるようにもつくれるはずの不穏さを安易に笑いに解消させないような作り方に一時期の宮沢を彷彿とさせるようなニュアンスを感じさせた。
この作家にはこの舞台を見ただけでは全貌が分かりかねるようなところもあるとも感じ、出来るだけ早く次の東京公演を望みたいと思ったのである。