下北沢通信

中西理の下北沢通信

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青年団+韓国芸術総合学校+リモージュ国立演劇センター付属演劇学校『その森の奥』(2回目)@こまばアゴラ劇場

青年団+韓国芸術総合学校+リモージュ国立演劇センター付属演劇学校『その森の奥』(2回目)@こまばアゴラ劇場

作・演出:平田オリザ 韓国語翻訳:イ・ホンイ フランス語翻訳:マチュー・カペル
(新作)
マダガスカルにある、架空のフランス国立霊長類研究所。ここでは、フランス、日本、韓国の研究者たちが霊長類研究に従事している。猿そのものを研究対象としている霊長類研究者と、猿を実験材料としたい心理学者、猿のテーマパークを創りたい観光業者などの思惑が入り交じり様々な対立が起こっている。背景には、日韓の歴史問題、あるいはフランスの旧植民地の問題、マダガスカル固有の歴史の問題があり、人間関係をより複雑にしている。熱帯のジャングルの中、終わりのない議論が続いていく。
[日本語・韓国語・フランス語上演/日本語字幕付き]

青年団国際演劇交流プロジェクト2019
『その森の奥』『カガクするココロ』『北限の猿』
作・演出:平田オリザ 韓国語翻訳:イ・ホンイ フランス語翻訳:マチュー・カペル
青年団、韓国・韓国芸術総合学校、フランス・リモージュ国立演劇センター付属演劇学校による国際共同事業。日韓仏3カ国の俳優が出演する、平田オリザの最新作『その森の奥』と、<科学シリーズ>より、全編フランス語で翻案し新制作する『カガクするココロ』、無隣館三期修了公演として、青年団有志と共に上演する『北限の猿』の3本立て公演。

 今回も上演される「カガクするココロ」「北限の猿」はかつて「バルカン動物園」も加えてサル学三部作と言われていた。この「その森の奥」はその続編ということができるが、実はこの作品の一部は「バルカン動物園」とも重なる部分が多くて、上演当時のバルカン半島の内戦状態を前提として作劇された「バルカン動物園」が現在はそのまま上演するのが困難になっていることに応じて、「森の奥」の改作に際して「バルカン動物園」の要素を入れ込んだのではないかと思った。
 多言語が行き交うような群像会話劇はすでに弘前劇場長谷川孝治が国際共同製作で何度も手掛けているのを見ているので、それほど目新しいとはいえないが、日本人、韓国人、フランス人が共同作業をしているサル学研究室は話題に登場するサルについてのエピソードが日韓やフランスの植民地政策の歴史にからんだ複雑な関係と重なりあうように描かれていく。
 作品自体の構造が作品の主題と重なり合うというのが平田オリザ作品の特徴のひとつだが、「科学シリーズ」と呼ばれる作品群は典型的にそうした特徴を持っている。サルを人間のような高度な知性を持つ存在にと人工的に進化させる「ネアンデルタール作戦」というのが、このシリーズで取り上げている研究室が取り組んでいる研究なのだが、その研究の進展具合もシリーズ作品の中で描かれる。
  今回は「カガクするココロ」と「その森の奥」「北限の猿」の3作品が上演されるが、物語設定上の時系列としては「カガクするココロ」→「北限の猿」→「その森の奥」の順番になっていて、物語内の時間の進行に呼応するように平田オリザの作劇、演出もより複雑なものに進化あるいは変化しているのが面白い。
 「カガクするココロ」で登場するのはせいぜい学部生と大学生でその関係性はフラットなものだが、「北限の猿」ではそこに研究室の研究者、学際プロジェクトに参加する外部の研究者、霊長類研究所の研究者夫妻、研究者の家族、大学職員、企業で働く卒業生、学部生とより関係を広域に複雑化。さらにこの「その森の奥」ではフランス旧植民地であったマダガスカルを舞台に少数の日本人研究者に加え、現地出身者を含むフランス人研究者、韓国人研究者(在日も含む)、サルの生息地をテーマパークしようとしている日本人(ではあるが中国資本の企業の社員)とさらに複雑な関係性を描き出した。
実はこのサル学研究室に関する連作のことを以前はサル学○部作と呼んでいた時期があったように記憶している。最近は<科学シリーズ>と総称されているようだが、それは○部作というようにはっきりと言えるような作品群と言い難くなってきているのもひとつの理由だろう。
 <科学シリーズ>では先に述べたように「カガクするココロ」→「北限の猿」→「その森の奥」という時系列があると書いたが、「北限の猿」には「バルカン動物園」という続編があり、その当時はサル学三部作などと言われていた。
 ところが実は「その森の奥」で描かれる世界は「北限の猿」の未来とは言えなくもないが、「バルカン動物園」の未来ではない。つまり、人類を生み出したサルの歴史において、人類は類人猿の祖先というわけではなく、同じ先祖から分岐して別々の進化を遂げたように「その森の奥」は「バルカン動物園」と同じ過去から派生したもうひとつの未来を描いているからだ。
 だから、この2つの作品で描かれるメインのモチーフは同一なのだ。自閉症の息子を抱えて、その病気の原因をサルを実験体として用いて究明しようと考える心理学者と幼くして息子を失ったことのトラウマからサル研究にのめり込み、一度は研究者としての客観性を失うというミスまでも犯した霊長類研究者。同じ研究者でありながらおそらく絶対に折り合うことができないこの2人の対立はこの舞台ではまだ予感だけにとどまり破滅的なカタストロフィーは描かれることはないが、このことは表面的には折り合いをつけているように見えても、戦後75年近くを経過しても相互に分かりあうことが難しい日韓関係の困難さなどと重なりあっていく。