下北沢通信

中西理の下北沢通信

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転校生

 21人の新進女優によって伝説の舞台が蘇る。劇作家、平田オリザが21年前に上演し大きな話題を呼んだ舞台「転校生」が映画、舞台の「幕が上がる」でもタッグを組んだ映画監督、本広克行の演出により、再演されている(現在上演中で9月6日までの予定)。私は25日観劇し実際の舞台を目にしたが、伸び盛りの若手女優の魅力に溢れた舞台で少し大げさな物言いになるのを承知で言うとここからまた次のスターが誕生して20年後に再び「伝説の舞台」となるかもしれないとの予感さえ感じられる好舞台に仕上がっていた。

 「転校生」は平田オリザと当時まだ全員が高校生だった21人の女優(ないしその卵)の手により21年前の1994年に青山演劇フェスティバルの企画公演として初演された。「伝説の舞台」とされているのは無名の高校生を集めて上演した舞台としては出色の出来栄えで上演が当時評判を呼び、高い評価を受けたこともある。しかし実はそれ以上に演劇経験があまりあるいはまったくなかった高校生を全員オーディションで集めたメンバーでだったのにかかわらず、この舞台をきっかけに桑原裕子、吉田小夏、山谷典子ら劇作家や現在も女優として活躍する人材を多数生み出したことにある。女優にはたとえばままごと「わが星」で主役ちーちゃんを演じている端田新菜がいるが、なんといっても青年団の女優で平田オリザ夫人でもある渡辺香奈がこのメンバーにいたことに触れないわけにはいかないだろう。

 

 今回の「転校生」にはももクロは出演しておらずその意味では一連のプロジェクトのなかでは番外戦の色あいも強いが平田・本広コンビがこれを「幕が上がる」サーガの一環としてとらえていることは「転校生」の舞台を今回の上演では「幕が上がる」の舞台となった富士ケ丘高校に変更したことで明らかだ。実は小説、映画、舞台の「幕が上がる」はそれぞれ人物や状況の設定に違いがあり、共通の世界観を共有しながら、それぞれが異なる世界である平行世界(パラレルワールド)なのだが、この「転校生」も溝口先生(グッチ)や吉川先生といった「幕が上がる」を見た人であればおなじみの人物の話題が生徒たちの会話に出てくる一方で、設定自体を比較していくと事実関係に矛盾も生じるなどやはりパラレルな設定となっている。

 演劇としては「転校生」の初演は「東京ノート」初演と同じ年であり、平田オリザガ当時熱心に追求していた同時多発会話劇のもっとも発展した形になっている。大人数の生徒が同時に舞台に登場することから、舞台上ではあっちで数人、こっちで数人といった風に少人数のグループができ、それぞれにまったく別の内容の会話を展開し、それが同時多発に重なり合って展開する。観客はこのため、全部の会話を聞きとることはできず、会話はその時に観客がそれぞれ集中して聞き取ろうとした部分のみが断片的に聞こえる。そのため最初は物語という脈絡がこの舞台にはなく散漫に聞こえるが、平田が巧みなのはそれでもずっと見ていると作品の核となる大きな流れのようなものがぼんやりとみえてくることだ。

 
 舞台となるのは21人の女生徒のいる教室。ここにひとりの転校生(桜井美南)がやってくるところから舞台は始まる。この転校生は「朝起きたらこの学校の生徒になっていた」という不条理な存在でこれは明らかに劇中でも何度も会話のモチーフとなっていたカフカの「変身」が下敷きになっている。平田の作劇のもうひとつの特徴は劇で描かれる世界がそのまま「世界の写し絵」となっていること。この場合、明らかにここで描かれていく教室はただの教室ではなく「私たちが住むこの世界」のメタファー(隠喩)となっている。一見たわいない女生徒らの会話に擬態しているが、ここで交わされる会話はそれぞれが私たちがこの世界を自分自身で考えるときの一助となるような内容でもあり、それを通じて観客はそれぞれ世界とはどのようなものかを考えることになる。これがこの作品に仕組んだ平田の仕掛けである。

 もっともそんなことを考えなくても今回の「転校生」は堅苦しくなく楽しめる。それはキャストがきわめて魅力的だからだ。「幕が上がる」の映画の段階からそのキュートな容姿とそれに似合わぬハスキーな声で多くのモノノフ(ももクロファン)を魅了してきた伊藤沙莉。やはり、舞台「幕が上がる」から引き続き出演の多賀麻美、坂倉花奈、藤松祥子ら青年団組。「解体されゆくアントニン・レーモンド建築旧体育館の話」などで印象的な演技を見せてくれた注目株、清水葉月、舞台「NARUTO」のオーディションでヒロインの座をつかんだ伊藤優衣、青森中央高校の元エース折館早紀。挙げていったらきりがないが21人にはひとくせもふたくせもある強力なメンバーがそろった。本広監督が当時比較的無名だったの俳優を集めて撮影した「サマータイムマシン・ブルース」からは瑛太上野樹里真木よう子佐々木蔵之介が巣立っていった。今回の21人の中に次世代の上野樹里真木よう子が隠れているかもしれない。