下北沢通信

中西理の下北沢通信

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青年団リンク 玉田企画「少年期の脳みそ」@小竹向原・アトリエ春風舎

青年団リンク 玉田企画『少年期の脳みそ』
作・演出:玉田真也
出演 鮎川桃果 稲葉佳那子 大山雄史(五反田団) 木下崇祥 黒木絵美花(青年団) 坂倉花奈(青年団) 玉田真也 吉田亮 由かほる(青年団)
スタッフ
舞台美術=谷佳那香 照明=井坂浩(青年団) 音響=池田野歩
制作=杉浦一基、小西朝子 宣伝美術=小西朝子 衣装=正金彩(青年団)
総合プロデューサー=平田オリザ
制作協力=木元太郎(アゴラ企画)
技術協力=大池容子(アゴラ企画)

2014年キャスト(参考) 出演 堀夏子 井上みなみ 由かほる(以上、青年団) 大山雄史(五反田団) 木下崇祥 斎田智恵子 高田郁恵(毛皮族) 吉田亮 玉田真也(青年団演出部/玉田企画)

 青年団の演出部はいまや次代を担う若手劇作家・演出家の宝庫なのだが、その中でももっとも注目しているひとりが青年団リンク玉田企画の玉田真也だ。玉田がどんなタイプの作家であるのかについては以前に書いたこちらの評論*1ならびにインタビュー*2を参照していただきたいが、一言で言えばきわめて純度の高い笑いが魅力であろうか。
 玉田の作品は平田オリザ流の群像会話劇のスタイルに近い。どちらも切り取られた一定時間の(ほぼ)一定の場所をリアルタイムで描写していくが、決定的に違うのは平田の演劇は一見切り取られたその場所に起こった微細な出来事を語っているように見えて、その射程が「切り取られたフレーム」の外側に広がる世界を描くことに向かっているのに対し、玉田にはそういう志向がまったくないことだ。
 作風として一番近いと思われたのが「ながく吐息」「家が遠い」のころの前田司郎(五反田団*3だった。実はそのころの前田の作風について後の劇評*4で次のように書いている。


「もっとも私が最初に出会った当時の前田の作品(『動物大集会』『家が遠い』『ながく吐息』)では自分の方法論が関係性の演劇とは明確に違うということに対してそれほど自覚的ではなかったと思われる。見る側としても同様であったため、『動物大集会』では学生時代からの友達だった女の子たち、『家が遠い』『ながく吐息』では中学生が主人公、と社会的な関係性のしがらみにそれほど縛られていない世代の人物を取り上げたがゆえの違いであろうと解釈し、より広い事象に向かって作品によって描かれていくなかで『関係性の演劇』へと解消していく過渡期のものと解釈していた」(ワンダーランド wonderland小劇場レビューマガジン 五反田団「偉大なる生活の冒険」)
 前田はこの後、非日常を描く演劇への傾倒を強めていき作風も変えて『生きてるものはいないのか』(2008年)で岸田國士戯曲賞を受賞する。
玉田の作品を見たのは三鷹芸術文化センターで見たこの「少年期の脳みそ」(2014年)の初演が初めてだった。その時には「これは過渡期のもので今後どういうオリジナリティーを獲得していくかが課題」と考え、本人にもそのような感想を伝えた。玉田の作品についても「確信があっての方向性」というよりは以前の前田司郎と同様に自らの方向性を模索するための習作と見なしたからだ。
 だが今回2年の経過の後、再び同じ作品を見てみるとほぼ全編が玉田ワールド全開の「関係性の笑い」であることが確認でき自らの不明を恥じたくなった。この作品は過渡期ではなく玉田の作風はほぼ完成している。
玉田企画の面白さのひとつは日常生活での間が悪くいたたまれなくなるような瞬間を絶妙の精度で再現していくことだ。それを表現するための重要なファクターとして「居心地の悪さ」「いたたまれなさ」を見事なまでに体現する俳優の存在があるかもしれない。「少年期の脳みそ」は初演から何人かのキャストが入れ替わったが、変わらなく舞台の雰囲気が再現されているのにはマネージャー役の津田を演じる大山雄史(五反田団)、木下崇祥(大学生の加藤)、吉田亮(OBの林田)そして少年役(手塚)を演じる由かほる(青年団)がそれぞれ何とも言えない存在感を醸し出す。なかでも抜群なのが大山演じる津田。空気を読まないで自らの恋心に暴走する役を演じた彼のウザキャラがこの舞台の規範*5となっている。
別に具体的に同じような体験があるというわけではないが、ここではなぜかモテキャラの加藤と津田の2つに世界を分ければ確実に津田側の人間なので見ていて過去の記憶が走馬灯のように蘇ってきそう*6になり、いたたまれない気持ちになって思わず笑ってしまう。
 手塚も奇妙な人物で、この作品のほか「果てまでの旅」にも同じ人物が登場する。どちらも学生服におかっぱ頭のような変な髪形で青年団の女優・由かほるが演じている。由は青年団女優の中ではまだ若い方ではあるが、入団は2010年だから本公演出演歴もあるはずなのだが、この手塚役を見た後ではあまりにキャラが強烈すぎて青年団でどんな芝居をしていたのかが全く思い出せないほどだ。
 日本の現代演劇では伝統的に女優が少年役を演じるというのは1つのパターンともなっている。それはもはや歌舞伎の女形などと同じ伝統の型といってもいいほどなのだが、手塚の造形はそうした定型化された演技とはまったく異なる。「オレ」と一人称を発話する際の奇妙な抑揚など出てきた瞬間にそれが分かるのだが、その一方できわめて謎めいた存在でもある。好きな女性のタイプなどを聞かれると「オレは女性には興味がない」などと答えがかえってくるのだが、どういう意味での発言なのかが定かでない。分かるのは「こいつこれ以上突っ込むとまずいかもしれない」ということだ。そのため津田の発言には皆が突っ込みを入れてそのせいで次第に窮地に追い込まれて、火だるまになっていくのに手塚にあえて突っ込む人は誰もおらず、唯一津田が突っ込みはするものの周囲からはスルーされるため「謎キャラ」のまま放置されることになるわけだ。こうした気になるキャラ造形はほかの作品にも見られ、玉田企画の魅力になっているといえそうだ。

*1:青年団・現代演劇を巡る新潮流 vol.2 玉田真也(青年団リンク 玉田企画)評論編 https://spice.eplus.jp/articles/66009

*2:青年団・現代演劇を巡る新潮流 vol.2 玉田真也(青年団リンク 玉田企画)インタビュー編 https://spice.eplus.jp/articles/65513

*3: 「現代日本演劇・ダンスの系譜vol.7 五反田団」 http://d.hatena.ne.jp/simokitazawa/00000410

*4:ワンダーランド wonderland小劇場レビューマガジン 五反田団「偉大なる生活の冒険」http://www.wonderlands.jp/archives/12393/

*5:と書いたがなんとなく腑に落ちない。「山内健司の演技が青年団において規範になっている」というのと同じようなことが玉田企画での大山の演技にもいえるということが言いたかったのだが、なぜここでは変なんだろう(笑)

*6:実際には津田というわけでもなく、こういう目に遭う前に危険を察知して逃げなんとか難を逃れていた。