下北沢通信

中西理の下北沢通信

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サラ・パレツキー「ブラック・リスト」

サラ・パレツキー「ブラック・リスト」早川書房)を読了。
 ポスト「9・11」の影響が米国国内においてどのようにでてきているのかが、感じさせられたという点で興味深い作品であった。愛国法への作者の危機感がこの作品を書かせたのだと思うが、黒人ジャーナリストの死を通じて、その危機感とかつてあった赤狩りの時代が重なりあっていく構想が巧みだと思う。
 この小説を読んでいて思い出したのは、ダシール・ハメットの恋人でもあり、赤狩り時代にそれと闘った女性闘士として名をはせたリリアン・ヘルマンのことで、ハメットの遠い後継者としてハードボイルド小説を書いているパレツキーはおそらく、この2人のことは意識していたと思うけれど、シカゴの話が中心になっているため、残念ながら2人の話はヴィクの物語には登場しない。しかし、赤狩り時代の英雄として当時ヴィクの尊敬の対象だった人物も登場させながらも、サラは当時の行われた忌まわしき偽善的行為を容赦のない筆致で暴いていく。
 愛国法の前に弁護士フリーマンの助けも受けられずFBIにも付けねらわれるなど、いつも以上に四面楚歌のヴィク。現実への危機感が物語に暗い影を落とし、重苦しい雰囲気が全体を覆うなかで救いとなっているのはヴィク同様に人生と闘う少女と老女の存在である。この2人の活躍で主題の重くるしさがかなり救われていると思う。特に最近の作品中では年齢にともなう心身両面での衰えに悩むことも多いヴィクにとってもはげみになると思われる90歳以上の老婦人の立ち回りの痛快感はこの小説のなかで印象に残った。
 このヴィク・シリーズは作品の進行に従い主人公をはじめとする登場人物も年齢を重ねていくという設定なので、ミス・マープルぐらいの老嬢になっても元気いっぱいというヴィクがこのままシリーズがずっと重ねていけば見られる可能性だって理論的にはあるわけだが、警官には定年があるけれど私立探偵には定年はないわけだから、これから先どうなるだろうか(笑い)。そういえば老人の男性が主人公の私立探偵小説はあるけれど、老女が主人公のハードボイルドってないよあ。フェミニズムの人が読んだら殴り倒されそうだけれど題して「ハードボイルドばばあ」、だれか書いてくれないかしら。面白そうなんだけれどなあ。少なくとも私の印象ではジジイよりババアの方がハードボイルド度は高い気がしてならないのだが。