下北沢通信

中西理の下北沢通信

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野外移動劇「Sherlock Holmes The Three Students」

Inspector Sands and Stamping Ground Theatre「HYSTERIA」(St Stephen)
FRANTIC REDHEAD PRODUCTIONS「Sherlock Holmes The Three Students」(野外移動劇)
 FRANTIC REDHEAD PRODUCTIONS*1という劇団によるコナン・ドイルの「三人の学生*2」を脚色した作品がSherlock Holmes The Three Students」である。この芝居は彼らがWalking Playと名づけている移動劇で、そのスタイルは観客が集合場所に集まった後、エジンバラの街中を俳優たちと観客が一緒になって移動しながら作品が上演されていくというきわめてユニークなものである。

1895年、ある大学町での奨学金試験の問題用紙が何者かによって書き写された。容疑者はその試験を受ける予定であった、3人の学生である。

問題用紙はトゥキディデスギリシャ語英訳で、ゲラ刷り3枚に渡るものであった。用務員のバニスターが部屋に鍵をかけ忘れてしまい、その間に何者かが試験用紙をいじったという。試験用紙がいじられているほか、窓際のテーブルには鉛筆の削りくずがあり、書き物机に3センチほどの切り傷がいくつかと粘土の小さな塊が残されていた。

試験を受ける3人の学生は、同じ建物の2階に住むスポーツマンのギルクリスト、3階に住むインド人のダウラット・ラース、4階に住む秀才だが怠け者のマイルズ・マクラレンである。ホームズはまず用務員のバニスターに事情を聞き、それから3人の学生に話を聞こうとするが、マクラレンのところだけは話を聞けずに終わった。

翌朝、シャーロック・ホームズは事件の真相を解明するため、バニスターをもう一度呼ぶ。その後、ソームズ氏に、真犯人とされる、学生を呼びにやらせた。

数少ない犯罪ではない事件を解いたホームズの一篇。
フリー百科事典『ウィキペディアWikipedia)』からあらすじを引用させてもらうと以上のようなものになるのだが、この芝居は物語の筋立てはほぼ原作に忠実。ただ、冒頭に脚色と書いたのは原作ではそれがオックスフォードかケンブリッジかで若干の議論はあるようだが、いずれにせよイングランドの大学を舞台にしたものであるのが、この芝居ではその舞台をエジンバラ大学に移し変えて、ご当地ものとして上演している。
 最初の写真は依頼人のソームズ(手前)がシャーロック・ホームズに会って、事件の解明を依頼するという冒頭の場面である。野外移動劇と書いたが、その言い方は本当は正確なものではなくて、移動しながらそのそれぞれの場所をそこで起こっている場所に見立てていく、一種の「見立て」の手法が作品には取り入れられていて、そのなかには写真がないのが残念だが実際のエジンバラ大学の交流施設の一部屋を事件の現場に見立てて、そこに事件現場を再現して、拡大鏡を片手にホームズが現場検証を実際にしてみせるというような「室内での芝居」もその移動場所のなかには含まれている。

 このFRANTIC REDHEAD PRODUCTIONという劇団は毎年、このフェスティバルの時期にはエジンバラに来て、複数の芝居を上演しているいわば常連といっていい劇団。最初に見たのはエジンバラを訪問した最初の年(2002年)で、やはり同じような移動劇のスタイルでエジンバラ旧市街の中心でもあるロイヤルマイル周辺の裏路地や公園などを歩き回りながら上演された「マクベス」であった。
 「マクベス」もこのスコットランドにとってはご当地ものといっていい芝居であるが、シャーロック・ホームズが活躍の場としたことはあまりなくても、このエジンバラは作者のコナン・ドイルエジンバラ大学の医学部で学び、ファンの間ではドイルがホームズの推理のモデルとしたということで有名なベル博士*3エジンバラ大学医学部教授)がいたのもこのエジンバラなのである。この芝居のなかで紹介されるわけではないが、この芝居が上演された場所の近くにはドイルが学生時代に住んでいたというアパートメントも当時の建物が残っていて、その建物の扉近くにはそれを記念したプレートもあり、それを実際に見ることもできる。

 この劇団がこの方式でホームズものを上演したのはこれが3本目で、これまでの2本も過去に観劇したけれど、それは同じエジンバラでもディーンギャラリーを出発点に少し田舎めいた景観を残す場所(場所的には郊外とはいいがたいが、東京でいえば田園調布のような高級住宅街のあるエリアなので、演劇祭が主として行われているエリアとは少しはずれる)だったのが、この新作ではこれまでの実績から協力者も増えてきたのか、エジンバラ大学の構内や若き日のウォルター・スコットが学んだという寄宿学校の庭なども経由して、観光客にとっては普段は見られないエジンバラが見られるという趣向にもなっている。

 これまで上演された2本というのは「フランシス=カーファックスの失踪THE DISAPPEARANCE OF LADY FRANCES CARFAX」と「ソア橋」をそれぞれ脚色したもので、特に後者では実際の川の近くの公園を使って、事件のトリックを再現してみせたのが面白かったが、ホームズの推理という点ではやや物足りなさが残る作品でもあった。今回の「三人の学生」は窓際のテーブルにある鉛筆の削りくずや書き物机に3センチほどの切り傷がいくつか、粘土の小さな塊」といった証拠をホームズが現場検証で調査してみせたりするので、アームチェアディテクティブとまでは言いがたいが、ホームズの事件の解明としては純粋推理による部分が多いホームズらしさが発揮された作品であり、その意味で脚本化に関してはこれを観客の目に解りやすく見せるためには特に実際の現場の状況を会話のなかに登場させるだけでなく、ビジュアルとしてだれにも分かるように見せるというのが不可欠。それが可能な場所探しというのがこの公演の実現のための最大のハードルだったんじゃないかとも思われるのだが、交渉を通じてこの場所を探し当て使用の許可をえた努力というのはすばらしいと思った。
 今回の脚本の執筆者というのが、地元の大学の先生らしい*4がこれももちろん地元のこうした協力者の尽力もあってのことなんだろうと思う。ただ、この芝居はアクションよりも推理の部分の要素が強いだけに私の語学力では大体の概略は分かっても微細なディティールで聞きとれないところもあり、そこのところでやや隔靴掻痒。もう少しヒアリングの力があればと悔しい思いをした。
 演出的に面白かったのはこの芝居では黒服を着た男が複数登場して、それが交互にホームズとやりとりして見ている時にはこのコロスのような男たちがなんなのかよく分からないところがあったのだが、終演後、パンフで確かめてみると(ワトソン1、ワトソン2…)と記述されていて、「そうか、複数の人間でワトソンを演じていたんだ」と初めて分かった。見ている時にはエジンバラに舞台を移したのでこの舞台にはワトソンは登場しないのかと思っていたのだけれど、とんだ勘違いである。観客がホームズを遠巻きに囲むような形になることが多いので、この時にワトソンたちは観客に交じって立って(あるいは座って)いて、あちらこちらで順番に声を挙げることになるのだが、確かにこの方が観客にとっては台詞が聞こえやすいし、面白い趣向であった。
 全体として面白く楽しませてもらったのではあるが、今回の公演でひとつだけ不満を挙げるとすればホームズ役の俳優がやや小太りで鹿撃ち帽とコートというよく知られたホームズの服装をしてなかったら、ホームズなのかどうかが分からなかったろうと思われるキャラの見掛けだったことだろうか。写真を見て皆さんどう思われるでしょうか(笑い)。
Renegade Theatre 「SREETLIFE」(St Stephen)
Barabbas 「HAIRDRESSER IN THE HOUSE」(St Stephen)
Apollo/Dionisis」(C cubed)
 こういうものと突然出合えるのも玉石混交のエジンバラフリンジフェスティバルの魅力といっていいだろう。今年のエジンバラ「馬鹿演劇大賞」はこいつらにあげたい(笑い)。表題通りにアポロとディオニッソスにそれぞれ扮した役者が舞台に出てきて、もうひとりの登場人物である若者の前でこちらの主張が正しいとあい争うのだが、神だからということなのだろうか……この2人がまったくの全裸なのである(笑い)。