下北沢通信

中西理の下北沢通信

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岡崎芸術座『ニオウノウミにて』@横浜STSPOT

岡崎芸術座『ニオウノウミにて』@横浜STSPOT

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ニオウノウミ
 琵琶湖に棲息する外来魚、ブルーギルの話。琵琶湖にある竹生島竜神(弁財天)伝説とこの島を題材とした能の「竹生島」。中国大陸から沖縄をへて日本に伝わった弦楽器(琵琶、三線、三味線)を巡る歴史、日本にやってきて滋賀県で暮らす在日外国人の挿話……。
 互いに無関係とも思われた複数の主題が物語の進行とともに絡み合い、響きあってひとつの作品を形作っていく。沖縄、小笠原など日本における辺境の地や海外の日系人など外部の目から「日本というもの」に迫ってきた岡崎芸術座が今回は琵琶湖という京都周縁の地の物語を紡ぎだした。
 琵琶湖にいる外来魚としてはブラックバスが有名だが、この作品でブラックバスほどは知られていないブルーギルが取り上げられたのは作品制作の直前となる昨年春に当時の天皇陛下ブルーギルが琵琶湖でこれほど増えたおおもとの原因は、自分が食用魚の候補としてもらい受けたブルーギルが繁殖させることになったからだと謝罪したという出来事*1があったからではないか。
とはいえ、詳しくはこのサイト*2を参照してほしいのだが、この舞台で物語の筋立ての下敷きとなっているのは完全に謡曲竹生島」である。竹生島の祭神について弁財天の名前が挙げられたり、竜神が挙げられたりしているため、これはどういうことなんだろうと考えていたのだが、「竹生島」ですでにこの両者(老人と若い女性)は二人一組のもの*3として現れてきている。この舞台で最初に男の前に現れる娘とその親だとされる漁師の男はそれと同じ役割を演じるものだ。
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能「竹生島

醍醐天皇朝臣が、竹生島明神に参詣するため、琵琶湖の湖畔にやってきて、翁の釣り船に便船して島に下りる。翁には若い女の連れもいて、それも一緒に島に下りようとするので、この島は女人禁制ではないかと朝臣が翁に問いかけると、翁は、この島の明神弁財天は女体なので、女人こそ参る資格があるのだという。そして自分たちは、実は人間ではないといって、女は社殿に入り、翁は水中に入ってしまう。

 以上が能「竹生島」の筋立てだが、最初に琵琶湖の近くを通りかかる男が外国からこの近くに来て働いている外国人労働者であることを除けば、「女人禁制なのに」のくだりを始め、かなり忠実に原作の能楽をなぞっていることが分かる。
 とはいえ、「ニオウノウミにて」が面白いのは単に古典をなぞっているだけではないことだ。日本にかかわりのある外国人を物語のとっかかりとするのはこれまでも常套手段ではあったが、今回は外来魚であるブルーギル外国人労働者が物語のなかで次第に二重重ねになっているのが興味深い。
キャストでは弁財天役を務めた浦田すみれが印象的だった。人間を超えた存在を示現*4しており、「いったいどこから来た人なんだ」と上演中から気になった。泉鏡花の「天守物語」とかほかの作品でも見てみたい女優である。
  

キャスト

浦田すみれ(うらたすみれ)

1998年兵庫県生まれ。 神奈川総合高校 個性化コース在学中より、コンテンポラリーダンスを学ぶ。現在、舞台を中心にフリーランスで活動。


重実紗果(しげみさやか)

1991年東京都生まれ。10歳からストリートダンスを始める。京都造形芸術大学在学中に「花柄パンツ」を結成し、言葉と身体の関係性を問う作品作りを精力的に行う。
現在は関西を中心にダンサーや俳優として活動。近年では、伊藤キム維新派、冨士山アネット、ヨーロッパ企画イエティ、off-nibroll等の作品に出演。


嶋田好孝(しまだよしたか)

1990年兵庫県生まれ。2014年京都造形芸術大学大学院修了。京都を拠点に、フリーランスで舞台映像や映像製作を行う。最近の主な活動に、2018年「渚・瞼・カーテン チェルフィッチュの〈映像演劇〉」チェルフィッチュ、2019年「いいかげんな訪問者の報告」岡崎芸術座。今作が俳優としては初出演。京都市内の銭湯によく出没する。


琵琶湖で釣りをして、様々な立場の人の話を聞いて、生態系保存と治水の関係を考え、外来魚駆除大会へも行き、ブラックバスを食べ、湖岸を一周した。複雑に絡むそれぞれのトピックは立場のちがいを際立たせて、対立するか無視し合うかしか先はない、みたいな感じがして、こわかった。いまの世の中の縮図を見た気がしてしまった。琵琶湖はいつまでも見ていたいほどうつくしくて、漁師たちの住む沖島も湖岸から見た竹生島も、神秘的な雰囲気に満ちていた。能の「竹生島」をこの作品の参考にすることに決めた。生き物に内も外もあるのだろうか、人間にそれを決める権利などあるのだろうか。こわい、けれどもうつくしい琵琶湖のことを想像しながら、キャストやスタッフたちと話し合いつつ、創作する。

*1:www.kyoto-np.co.jp

*2:japanese.hix05.com

*3:能では翁がシテ、若い女がツレとなるが「ニオウノウミにて」では女の方ががシテ格となる

*4:いささかおおげさに聞こえかねないことを承知のうえでいえば美加理的なものの片鱗を感じた。一度宮城聰演出で見てみたい。