下北沢通信

中西理の下北沢通信

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「叙述の魔術師 ―私的クリスティー論―」(3)

「叙述の魔術師 ―私的クリスティー論―」(3)@中西理

第3章 クリスティーの小説世界の変遷
 クリスティーはそれではどのような道程をたどってホワットダニットのような小説形式に到達したのであろうか。この章では主要作品のいくつかを取り上げることでそれを考えていくことにする。「スタイルズの怪事件」(1920)から「動く指」(1943)までのクリスティーの前期作品には「アクロイド殺し」「そして誰もいなくなった」をはじめとする傑作群のほとんどが含まれている。
 クリスティー「スタイルズ荘の怪事件」によってデビューしたのは1920年だった。注目すべきことは1920年にはシャーロック・ホームズの生みの親であるコナン・ドイルは健在で、ホームズも活躍していたという事実だ。この時代のドイルといえば推理作家を目指す若者にとっては乗り越えがたい壁のような存在だったろう。
 そうした意味ではクリスティーも「スタイルズ荘の怪事件」においてはドイルの影響から脱しえてはいない。ホームズとワトスンの関係はそのままポワロとヘイスティングスの関係に引き写され、ホームズ譚がワトスンの一人称で語られたのと同様にヘイスティングスの一人称で描写され、そのプロット(構成)も「殺人→捜査→解決」という従来の推理小説の手順を踏んでいる。

 しかし、一方では「デビュー作はすべてを含む」という格言の通りにこの作品には後のクリスティーの多くの作品にみられる特徴も見られる。第一に事件の舞台が「コリン・ワトソンに従ってイギリスの批評家たちが『メイヘム・パーヴァ(Mayhem Parva)』と呼ぶ*1」(ロバート・バーナード)田舎町が用いられていること。
 第2に「ノックスの十戒」などによって推理小説にタブーとされていた恋愛描写が登場しているばかりか、それがメイン・モチーフになっていることだ。この小説の中ではポワロは若い2人の恋人を結びつける司祭の役をつとめるのと同時に隠れた恋愛関係すなわち共犯関係を暴きだすこともやっている。クリスティーにおいて恋愛と推理小説の融合は初めてプロットと有機的な関係を持ってなしとげられたと言えよう。
「クィン氏の事件簿」のように恋愛関係をメイン・モチーフとした作品の存在がそのことを証しているし、その他にもポワロが二人の間の障害を取り除いたことで結ばれる恋人たちも多い。そう言えば先に取り上げた「象は忘れない」もシリア・レイヴンズクロフトとデズモンドの結婚の障害となっていた過去に起きたシリアの両親の心中事件の真相を究明することが主題であった。
 次のポワロ登場作品「ゴルフ場殺人事件」にもヘイスティングスは登場。前作の特徴は踏襲される。そして、第6作目として1926年に発表され、クリスティーの名を一躍知らしめたのがアクロイド殺しである。その後、次々と発表された様々な叙述トリックの先駆として、意外な犯人像の決定版としてこの作品の名は永久に語られ続けるであろう。 しかし、この作品にはもうひとつ重要な点がある。それはクリスティーが叙述をトリックとして用いたことで、叙述と作品内容の照応関係をいくぶんなりとも意識したのではないかと思われることだ。
 現に1928年の「青列車の謎」は一人称描写を捨て、三人称の作品となっており、ヘイスティングスも登場しない。しかし「エッジウェア卿の死」「エンドハウスの怪事件」では再び、ヘイスティングスの一人称に戻っている。
 「オリエント急行殺人事件」では三人称描写、「三幕の悲劇」では三人称描写でありながらサタスウェイト氏を登場させ、彼の鋭い人間観察眼に寄り添いながら、必要に応じてカットバックの手法を用いて、同時進行で進んでいる出来事を多角的に描写するというクリスティー得意の手法がほぼ完成されている。そしてこの手法の完成とともにホームズ=ワトソン型の描写からクリスティーは解放される。 
ABC殺人事件では一人称では描き切れない部分を三人称描写を混用することによってカバーするという手法を取った後に「もの言えぬ証人」を最後としてヘイスティングスはクリスティー作品から姿を消していく*2ことになる。
 次に登場する重要作品はオリエント急行殺人事件」(1934)*3であろう。この作品は意外な犯人像の代表的作品であるが、注目すべきはクリスティーの得意テーマの1つとでもいうべき、現在起こっている事件の重要な鍵を過去のある時期に起こった出来事が持っているというプロットを最初にもちいた作品であるということである。
 「三幕の悲劇」(1935)は1930年に発表された「クィン氏の事件簿」とともにクリスティーの演劇に対する関心をうかがわせる意味で興味深い。1934年にはオリジナル戯曲「ブラック・コーヒー」が発表されており、この「三幕の悲劇」でもメインとなる予行演習トリックといい、その全体が非常に芝居がかった構成となっている点など後に「ねずみとり」の超ロングランとなって結実するクリスティーの演劇的才能の萌芽が感じられる。クリスティーの演劇性については「蒼鴉城」NO.1に「アガサ・クリスティー論序説」(石川憲洋著)という評論が発表されており、きわめて興味深いものであるので、そちらを参照していただくのがよいであろう。
 ABC殺人事件」(1935)は後に「見立て殺人」と分類されることになる連続殺人事件を扱っている。この作品は現在の目で見ると不自然さが目立ち、その殺人の必然性が取り沙汰されるのであるが、後の「不連続殺人事件」「リラ荘殺人事件」、最近では「ホッグ殺人事件」などはすべてこの「ABC」パターンのバリエーションといってよいという点で、その歴史的価値は無視できないであろう。 1930年代後半から40年代前半にかけてクリスティーは1つのピークを迎える。「そして誰もいなくなった」を中心として、この時期に「ナイルに死す」(1939)、「ポワロのクリスマス」(1938)、「杉の枢」(1940)、「愛国殺人」(1940)、「白昼の悪魔」(1941)、「五匹の子豚」(1943)といった甲乙つけがたい傑作群がひしめいている。また、クリスティーの死後発表された「スリーピングマーダー」「カーテン」の2作もほぼこの時期に執筆された。
simokitazawa.hatenablog.com

*1:Origin 1970s; earliest use found in Colin Watson (1920–1982). From mayhem + classical Latin parva, feminine singular of parvus little, after English village names with this as second element (e.g. Ash Parva, Shropshire, Ashby Parva, Leicestershire, etc.).

*2:simokitazawa.hatenablog.com

*3:simokitazawa.hatenablog.com