下北沢通信

中西理の下北沢通信

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「叙述の魔術師 ―私的クリスティー論―」(6)完結編

「叙述の魔術師 ―私的クリスティー論―」(6)完結編

クリスティーのホワットダニットタイプの短編

この章ではクリスティーの短編のうちホワットダニット的な作品を紹介していくことにしたい。
 「リスタデール卿の謎」はホワットダニットとホワイダニットの融合作品である。セント・ヴィンセント夫人はアン王朝様式の美しい家を安価で借り入れた。しかも、その家には執事まで家主負担で残っている。本来の家主であるリスタデール卿はアフリカに行ったまま18カ月帰っていない、という。なぜこんな安い価格でこの家が貸し出されたのか?そしてリスタデール卿は本当にアフリカに行ったのか?という謎が作品の中核にあるので、その意味ではホワイダニットなのだが、真相が明かされるまではすべての事実が伏線として存在しているという意味でホワットダニットとしての性質も含まれている。
 「謎のクィン氏」はクリスティーと演劇の関係性を考える意味でも興味深い作品であるが、その意味では「鈴と道化師亭」がホワットダニット的興味の強い作品である。この作品ではリチャード・ハーウェル大尉の奇妙な失踪事件が取り扱われて一見フーダニット的な作品に見えるのだが、最後に真相が明かされるに至って、その失踪事件自体が別の事象の一部に過ぎないということが分かるのである。

 ヘラクレスの冒険」に収録される「ネメアの谷のライオン」は典型的なホワイ、ホワットの融合作品である。この作品では犬の連続失踪という奇妙な事件が取り扱われている。
クリスティー作品の私的ベスト10
 最後に私自身のクリスティー作品の私的ベストテンを挙げておくことにしよう。作品においてはトリックや作品の歴史的価値よりも、その作品のプロットのオリジナリティーと完成度を重視されている。

私的ベストテン(順不同)
1、「バートラムホテルにて」
2、「象は忘れない」
3、「五匹の子豚」
4、「ゼロ時間へ」
5、「そして誰もいなくなった

6、「無実はさいなむ」7、「カーテン」
カーテン(クリスティー文庫)

カーテン(クリスティー文庫)

8、「運命の裏木戸」

9、「謎のクィン氏」
10、「ヘラクレスの冒険」

 最後に少し結論めいたことも言うことにする。クイーンはフーダニットの作家、カーがハウダニットの作家であるとすれば、クリスティーはホワットダニットの作家である。これこそが彼女がその叙述の方法について様々な試行錯誤を繰り返した後に完成した形式である。その意味ではオリジナリティーという点で考えてみた時に今まで不当に評価されてきたクリスティーの晩年の作品の再評価が必要なのではないだろうか。なぜなら、この時期こそが彼女が生涯をかけて追及してきた形式へと到達することができたのであるから。

参考文献
「欺しの天才」ロバート・バーナード
「第四の推理小説
アガサ・クリスティ論序説」
「クリスティーの手帖」
「小説とは何か」E・M・フォースター


本稿の続編のための準備メモ
英国現代ミステリのメインストリームはクリスティー、そしてそのライバル的存在であったドロシー・L・セイヤーズを出発点とし、後継者と見做されているP・D・ジェイムズとルース・レンデルへの続く。実は彼女らの最大の特徴はホワットダニットタイプのプロットを受け継いでいることで、こうしたモダンディテクティブストーリーの筋立てはコリン・デクスターへと受け継がれていったというのが私説だ。実作を当たりながらそのことを論証していきたい。
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