下北沢通信

中西理の下北沢通信

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ホワットダニットの系譜としての英国ミステリ

ホワットダニットの系譜としての英国ミステリ

論考執筆に向けたメモ


英国現代ミステリのメインストリームはクリスティー、そしてそのライバルであったドロシー・L・セイヤーズを出発点とし、後継者と見做されているP・D・ジェイムズとルース・レンデルへと続く。実は彼女らの最大の特徴はホワットダニットタイプのプロットを受け継いでいることだ。こうしたモダンディテクティブストーリーの筋立てはコリン・デクスターへと受け継がれた。実作を当たりながらそのことを論証していきたい。

クリスティー
 アガサ・クリスティー、J・D・カー、エラリー・クイーンという本格推理小説の3大巨匠のうち、ほかの2人がその晩年においては、ほとんどめぼしい作品を発表せずに、むしろ大家としての記念碑的な意味合いしかなかったことを考えれば、死の直前までのクリスティーの健筆ぶりは驚くべきことであった。
(「叙述の魔術師 ―私的クリスティー論―」1) 


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クイーンはフーダニットの作家、カーがハウダニットの作家であるとすれば、クリスティーはホワットダニットの作家である。これこそが彼女がその叙述の方法について様々な試行錯誤を繰り返した後に完成した形式である。その意味ではオリジナリティーという点で考えてみた時に今まで不当に評価されてきたクリスティーの晩年の作品の再評価が必要なのではないだろうか。なぜなら、この時期こそが彼女が生涯をかけて追求してきた形式へと到達することができたのであるから。
(「叙述の魔術師 ―私的クリスティー論―」6)

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コリン・デクスター

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コリン・デクスター
夕闇のせまるオックスフォード。なかなか来ないウッドストック行きのバスにしびれを切らして、二人の娘がヒッチハイクを始めた。「明日の朝には笑い話になるわ」と言いながら。―その晩、ウッドストツクの酒場の中庭で、ヒッチハイクをした娘の一人が死体となって発見された。もう一人の娘はどこに消えたのか、なぜ乗名り出ないのか?次々と生じる謎にとりくむテレズ・バレイ警察のモース主任警部の推理が導き出した解答とは…。魅力的な謎、天才肌の探偵、論理のアクロバットが華麗な謎解きの世界を構築する、現代本格ミステリの最高傑作。 2年前に失踪して以来、行方の知れなかった女子高生バレリーから、両親に手紙が届いた。元気だから心配しないで、とだけ書かれた素っ気ないものだった。生きているのなら、なぜ今まで連絡してこなかったのか。失踪の原因はなんだったのか。そして、今はどこでどうしているのか。だが、捜査を引き継いだモース主任警部は、ある直感を抱いていた。「バレリーは死んでいる」…幾重にも張りめぐらされた論理の罠をかいくぐり、試行錯誤のすえにモースが到達した結論とは?アクロバティックな推理が未曾有の興奮を巻き起こす現代本格の最高峰。 河からあがった死体の状態はあまりにひどかった。両手両足ばかりか首まで切断されていたのだ。ポケットにあった手紙から、死体が行方不明の大学教授のものと考えたモース主任警部は、ただちに捜査を開始した。が、やがて事件は驚くべき展開を見せた。当の教授から、自分は生きていると書かれた手紙が来たのだ。いったい、殺されたのは誰か?モースは懸命に捜査を続けるが……現代本格の騎手が贈る、謎また謎の傑作本格


「だれが犯人か」という謎を扱うそれまでの伝統的なフーダニットの本格ミステリに対して、デクスターのモース物は時には事件の実態さえ分からず、モースの推論の中で状況二転三転していくという特異なプロットを取る。こうしたパターンのミステリはアントニー・バークリーの「毒入りチョコレート事件」など一部の先例はあるものの、20世紀後半になり初めて一般的になったモダン・ディククティブストーリーの典型といえるものだ。それはいわゆる「ホワットダニット」型のミステリと言い換えてもいいのだが、形式は微妙に異なるが、アガサ・クリスティーの後期の作品群から、ロス・マクドナルドのリュー・アーチャーものなどある種のハードボイルド小説をへて、デクスターのモース物とルース・レンドルのウェクスフォード警部シリーズという私見では20世紀後半の本格ミステリの系譜があり、今そのうちの1つのシリーズが20世紀の最後をもって終焉を向かえたという意味でも同時代を生きていた一読者としてそれなりの感慨は抱かざるをえなかったのである。
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コリン・デクスター「悔恨の日」を読了。帯にも「モース主任警部、最後の事件」と書いてあったし、人気シリーズ完結編の文句も裏表紙にあって、これがデクスターのモースものの最後の作品だというのは分かっていたのだが、こんな結末になっているとは……。日本への翻訳は昨年10月のこととはいえ、作品が発表されたのは1999年と2年前のことだけにそれを今ごろ知ったのは最近のミステリの近況について不勉強ならではのことなのだが、デクスターがシリーズにこういう結末をつけていたことにはちょっとショックを受けてしまった。コリン・デクスターのモース警部シリーズについては作品がポケミスで出ればそのたびに買い込んで読んでいたというだけではなく、一時期は相当に入れ込んでいてこともあって、8年ほど前には事件ゆかりの地巡りを企画して、2日間という短期間ではあるが、ロンドン旅行の途中で足を伸ばして、オックスフォードにも出かけたほどである。その時に現地(ロンドン)で手に入れた「消えた装身具」は翻訳が出版される前に原書で読んでいるほどだ。もっとも、私の語学力では翻訳で読んでさえ、頭が混乱するデクスターを理解するには根気が続かず相当荷が重かったのだけれど(笑い)。

 「だれが犯人か」という謎を扱うそれまでの伝統的なフーダニットの本格ミステリに対して、デクスターのモース物は時には事件の実態さえ分からず、モースの推論の中で状況二転三転していくという特異なプロットを取る。こうしたパターンのミステリはアントニー・バークリーの「毒入りチョコレート事件」など一部の先例はあるものの、20世紀後半になり初めて一般的になったモダン・ディククティブストーリーの典型といえるものだ。それはいわゆる「ホワットダニット」型のミステリと言い換えてもいいのだが、形式は微妙に異なるが、アガサ・クリスティーの後期の作品群から、ロス・マクドナルドのリュー・アーチャーものなどある種のハードボイルド小説やをへて、デクスターのモース物とルース・レンドルのウェクスフォード警部シリーズという私見では20世紀後半の本格ミステリの系譜があり、今そのうちの1つのシリーズが20世紀の最後をもって終焉を向かえたという意味でも同時代を生きていた一読者としてそれなりの感慨は抱かざるをえなかったのである。

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ドロシー・セイヤーズ

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ドロシー・セイヤーズ
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不自然な死 (創元推理文庫)

不自然な死 (創元推理文庫)

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毎回クリスティーのことを引き合いに出すといい加減にせいよと言われそうだが、この「不自然な死」の事件とは思われていなかった不審な死(完全犯罪)を掘り起こそうというプロットは挙げれば枚挙にいとまがないほどクリスティーが後に多用したものだが、この作品は1927年の発刊で、この時点ではクリスティーはまだこのパターンには手をつけておらずセイヤーズが先鞭をつけたということになるみたいだ。
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「ナイン・テイラーズ」
この作品に優れたところがあるとすればそうした個々の要素をパズルのピースとして組み込んだ作品全体のグランドデザイン(プロット)にある。
 表から見える事件の様相としてはまず墓地から発見された正体不明の死体というのがあり、それに昔この村で起こったエメラルド盗難事件、それにかかわり消えたエメラルドはどこにあるのかという謎が物語のドライビングフォースになるのだが、ピーター卿の捜査(あるいは推理)の進行につれて、被害者がだれだったのかを含めて、事件の様相が二転三転していく。今風の言い方をすれば「ホワットダニット」の一種といえるのだが、この構造はコリン・デクスターの先駆と考えることもできる。あるいは被害者が二転三転してそのたびに事件の様相が一変してしまうという謎の構造はルース・レンデルのウェクスフォード警部シリーズを彷彿とさせるところもある。こうした構造はセイヤーズが創作活動を休止した以降のアガサ・クリスティも好んで繰り返して使うことになる。
 ところがこの作品がユニークなのはこうしてまるで玉ねぎの皮をむいていくように真犯人に迫っていったはずのピーター卿が最後に出会うのが、巧緻な犯罪を企てた真犯人ではなく、玉ねぎ同様に「虚空」であるという不気味さで、だからこそあれは単なる物理トリックではなく、そこにこそあのトリックの真意があったわけだ。実際に起きたこと自体は物理現象なわけだが、なぜよりによってその時にかということには運命に操られたという以上の合理的な理由はない。そうした偶然の符合を人間がどのように呼ぶかというと神の摂理と呼ぶことができる一方で、京極夏彦ならばそれに仮の実体を与え「妖怪」と名づけるかもしれない。巽氏が「ナイン・テイラーズ」を論じるにあたって京極を持ち出したことは一見奇を衒っているように見えるがそれなりの根拠はあるわけだ。 
ルース・レンデル

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ルース・レンデル
クリスティーの後継者と見なされることの多かったP・D・ジェイムズとルース・レンデルはどちらもその呼称を忌諱したが、クリスティーを「ホワットダニットの作家」と位置づけると、両者のプロットの類似から、ルース・レンデルのウェクスフォード警部ものがもっとも正統なホワットダニットの系譜の後継とみなすことができるだろう。
 実はルース・レンデルについてはウェクスフォード警部ものより、ノンシリーズといわれるクライムストーリーの評価の方が一般には高いのだが、ウェクスフォード警部ものにはクリスティーの得意とした過去タイプやホワットダニット系のプロットに加えて、捜査の進展に応じて、事件の様相が二転三転するコリン・デクスターのモース警部ものが得意とするタイプのホワットダニットを先取りしている。英国では人気作家であったが、日本では翻訳もある時期以降途絶えており、絶版も多く、そういう点でも再評価が必要だろうと考えている。
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英国ミステリー界の女王 R・レンデルさん死去
 英PA通信によると英ミステリー作家のルース・レンデルさんが2日、ロンドンで死去、85歳。死因は不明だが、1月に深刻な発作を起こし入院していた。
http://ukladynovel.starfree.jp/writers/Ruth_Rendell.htmlukladynovel.starfree.jp

 英国ミステリー界の女王と呼ばれ、ウェクスフォード警部シリーズが有名。「わが目の悪魔」(76年)などが邦訳された。「ロウフィールド館の惨劇」(77年)を基にした「沈黙の女」(95年)など、映画化された作品も多い。(共同)
[ 2015年5月2日 23:38 ]

徹夜の訊問明けに舞いこんだ手紙を読んで、ウェクスフォード首席警部は怒りに震えた。十六年前にヴィクターズ・ピースという名の屋敷で発生した女主人殺し。初めて担当した殺人事件ながら、彼が絶対の自信をもって解決したこの事件に、手紙の主である牧師は真っ向から疑問を投げかけたのだ。

アンという女が殺された。犯人はジェフ・スミスだ―そんな匿名の手紙がキングズマーカム署に届いた。ウェクスフォード警部は調査を開始したが、死体さえ発見されない状況に困惑せざるを得ない。本当に殺人はあったのか?混迷する捜査陣の前に、やがて事件は意外な真相を明らかにする。

ウェクスフォード・シリーズ[編集]
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邦題
原題
刊行年

刊行年月

訳者
出版社

1
薔薇の殺意
From Doon With Death
1964年
1981年12月
深町眞理子
角川文庫
2
死が二人を別つまで
A New Lease of Death
1969年
1987年6月
高田恵子
創元推理文庫
3
運命のチェスボード
Wolf to the Slaughter
1967年
1987年4月
高田恵子
創元推理文庫
4
友は永遠(とわ)に
The Best Man to Die
1969年
1988年4月
沼尻素子
光文社文庫
死を望まれた男
1988年9月
高田恵子
創元推理文庫
5
罪人のおののき
A Guilty Thing Surprised
1970年
1988年8月
成川裕子
創元推理文庫
6
もはや死は存在しない
No More Dying Then
1971年
1987年1月
深町眞理子
角川文庫
7
ひとたび人を殺さば
Murder Being Once Done
1972年
1980年9月
深町眞理子
角川文庫
8
偽りと死のバラッド
Some Lie and Some Die
1973年
1987年9月
深町眞理子
角川文庫
9
指に傷のある女
Shake Hands Forever
1975年
1986年1月
深町眞理子
角川文庫
10
乙女の悲劇
A Sleeping Life
1979年
1983年3月
深町眞理子
角川文庫
11
仕組まれた死の罠
Put on by Cunning
1981年
1988年6月
深町眞理子
角川文庫
12
マンダリンの囁き
The Speaker of Mandarin
1983年
1985年4月
吉野美恵子
早川書房
13
無慈悲な鴉
An Unkindness of Ravens
1985年
1987年5月
吉野美恵子
早川書房
14
惨劇のヴェール
The Veiled One
1988年
1989年12月
深町眞理子
角川文庫
15
眠れる森の惨劇
Kissing the Gunner's Daughter
1992年
2000年4月
宇佐川晶子
角川文庫
16
シミソラ
Simisola
1994年
2001年3月
宇佐川晶子
角川文庫
17
聖なる森
Road Rage
1997年
1999年7月
吉野美恵子
早川書房
18 悪意の傷跡 Harm Done 1999年
2002年12月吉野美恵子 早川書房
19 The Babes in the Wood 2002年
20 End in Tears 2005年
21 Not in the Flesh 2007年
22 The Monster in the Box 2009年
23 The Vault 2011年

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