下北沢通信

中西理の下北沢通信

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ドロシー・L・セイヤーズ「不自然な死」(創元推理文庫)

ドロシー・L・セイヤーズ「不自然な死」創元推理文庫)を読了。

不自然な死 (創元推理文庫)

不自然な死 (創元推理文庫)

 セイヤーズを読み直そう第3弾。毎回クリスティーのことを引き合いに出すといい加減にせいよと言われそうだが、この「不自然な死」の事件とは思われていなかった不審な死(完全犯罪)を掘り起こそうというプロットは挙げれば枚挙にいとまがないほどクリスティーが後に多用したものだが、この作品は1927年の発刊で、この時点ではクリスティーはまだこのパターンには手をつけておらずセイヤーズが先鞭をつけたということになるみたいだ。この作品にはピーター・ウィムジー卿の補佐役を務める人物として従僕のバンター、パーカー警部に加えて、事件の起こった(らしい)村に潜入して、秘密裏に聞き込みを行うクリンプスンという女性が初登場する。この人も中年の女性で老嬢というほどではないにしても、元気いっぱいで好奇心旺盛な性格はミス・マープルを連想させるところもあるが、こちらもマープルの初登場は1930年の「牧師館の殺人」だから、こちらの方が1年早いわけで、クリスティーがミス・マープルを自分の祖母をモデルに造形したということ自体は事実であるとしても、その造形の幾分かはセイヤーズのこの作品がヒントになったのではないかと思われた。その意味では発表時期だけを考えればクリスティーの方が真似たといえなくもないが、設定やプロットにおいてクリスティーを彷彿とさせるところが多い作品ではある。
 ただ、そうであるだけに今読み比べると、捜査側の動きに対して、犯人側がそれに対応して行動を起こすことですでに起こってしまった事件を捜査するという従来のプロットに比べ、複雑でもあり臨場感のあるサスペンスフルな物語に仕上げることに成功しているが、犯人がだれかというのは物語の最初の方で大方見当がついていることもあり、興味の中心はメインのトリックである殺害方法やどうして殺さないといけなかったのかという動機をめぐる謎に収れんしていくのであるが発表された当時は新機軸だったのかもしれないけれど、現時点ではあまりにもよく知られたものであるため、どうしてもミステリとしてはやはりややものたりないことは否定できない。
 ただ、そういう点はあっても人物描写の妙はやはり魅力的であり、特にクリンプスン嬢の普通の中年女性のようでウィムジイ卿への報告にいつもなぜかシェイクスピアを引用するという変な文学趣味を持ち合わせているというところなどはセイヤーズの面目躍如といったところであろう。このクリンプスン嬢はほかの作品でも再び登場するらしいので今から再会が楽しみなのである。

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