下北沢通信

中西理の下北沢通信

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ルース・レンデル「悪意の傷跡」@ハヤカワ・ミステリ

ルース・レンデル「悪意の傷跡」@ハヤカワ・ミステリ

 「悪意の傷跡」(1999年)はウェクスフォード警部シリーズとしては日本語に翻訳された最後の作品である。この後も「 The Babes in the Wood」(2002年)、「End in Tears 」(2005年)、「Not in the Flesh」(2007年)、「The Monster in the Box」(2009年)、「The Vault 」(2011年)と5作品が書かれてはいるが、日本語訳はなく、日本では忘れ去られた存在となっている。
 もっともその理由も「悪意の傷跡」を読んでいくと分からなくもない。ウェクスフォード警部シリーズあるいはルース・レンドルの関心は小児性愛者の出所後の処遇や家庭内暴力、抗議行動の際の行き過ぎた暴力の問題など現代の日本のニュースでも取り上げられている様々な社会問題を抱え込んだやめる英国の病症を抉り出すことに注がれていて、ここまでの作品分析で取り上げてきたような謎解きミステリとしての要素はかなり薄いものとなっているようにも思われるからだ。しかも、このシリーズの特徴としては名探偵であるウェクスフォードのキャラクターの魅力で持たせるというよりはバーデン警部をはじめ部下たちの群像劇の様相が強いことで、それは妻であるドーラや長女でソーシャルウォーカーとしても働くシルヴィアらの描写にも広がり、群像劇としての様相を強めていく。
 とはいえ、それは同じく都市を舞台に社会の病巣を描く米国の私立探偵小説や同じく警察官を主人公にした英国のミステリと比較してもモースやダルジール、リーバス警部イアン・ランキン)ら強烈な個性を発揮するライバルと比べても個性的な魅力には一歩譲るところがあり、やはりデビュー以来作品の魅力を支えてきた本来のミステリ的要素が後退すると地味な作風に見えてしまうことは否定できないかもしれない。
 などとこの作品の感想を書き留めたのは実はこの作品の真の犯人捜しの的となる殺人事件が起こる前のことであった。物語はリジークロムウェルという少女の失踪と帰還、そしてそれに続くもうひとりの少女の失踪帰還から始まるが、そうした事件が続いたことで近隣の町に起こる不穏な空気感と性犯罪者が釈放され町に戻ることによって引き起こされる一触即発の騒ぎ、それに巻き込まれた警官の死とウェクスフォードが頭を悩ます出来事が立て続けに彦起こされる。そういうなかで、またも今度は幼女の失踪事件が起こり、ソーシャルワーカーを務める娘シルヴィアの元にはDVを受けているらしい謎の女からの電話が来ては切れるという出来事も起こってくる。
 しかしDVも失踪や誘拐事件も本作品ではすべてが会社においても暴君、妻には暴力をふるいすべての人から嫌われている人物を殺したのは誰かという問題を説得力をもって描き出すための前段に過ぎなかった。
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ウェクスフォード警部シリーズ。相次いで誘拐された二人の少女は、何事もなかったかのように生還した。だが彼女たちは、その間の出来事を頑として語らない。不可解な事件に翻弄される警察を嘲笑するかのように、やがて新たな誘拐事件が…。一方、性犯罪の前科を持つ男が出所し、キングズ・マーカムの町は騒然となる!