映画「オリエント急行殺人事件」@日本橋TOHOシネマズ
映画『オリエント急行殺人事件』予告編
アガサ・クリスティーの代表作をシェイクスピア俳優、演出家としても知られるケネス・ブラナーが自ら監督、主演(ポワロ役)をつとめ映画化した。「オリエント急行殺人事件」はスプライズドエンディング(意外な解決)を得意とするクリスティーの作品のなかでも典型といっていい作品。これまでテレビ、映画と何度も映像化されているし、原作小説も折に触れ何度も読み返している。
(以下内容トリックはもちろん明かさないが、ネタバレもある書き込みへ)
ひとつ目はアガサ・クリスティーの意外とジャーナリスティックな側面だ。「オリエント急行殺人事件」が発表されたのは1934年。作中でアームストロング事件というのが重要な役割を果たしているのだが、これは当時この作品を読んだ人が誰でも「リンドバーグ愛児誘拐事件」のことだと分かるほど有名な事件なのだが、実はこの誘拐事件が起こったのは1932年3月のこと。容疑者ハウプトマンの裁判が始まり、死刑が確定。刑が執行されたのは1936年4月3日なのだから、この小説は私が以前勘違いしていたように過去の有名事件を参考に筋立てを考案したどころではなくて、現在進行形の事件を大胆に作品に取り入れたのだった*1。
クリスティーは1930年に中東旅行した際に14歳年下の考古学者のマックス・マローワン(1904年5月6日 - 1978年8月19日)と出会い、9月11日再婚。結婚以降は夫と一緒に何度もこのイスタンブール行きの「オリエント急行」を利用したことがあり、そのこととリンドバーグ事件をきっかけに思いついた着想が組み合わされてこの作品として結実したようだ。
もうひとつは「オリエント急行殺人事件」を最初に読んだ、あるいはシドニー・ルメット版の映画を見た時点ではまだ演劇批評の世界には足を踏み入れてなかったために気がついていなかった。しかし、ウエストエンドにおける「ねずみとり」の超ロングラン上演をはじめとしてクリスティーは英国演劇界にとっても無視できない重要な作家のひとり
*2であり、クリスティーが劇作に力を入れるようになるのにはもともと演劇好きだったということがある。
そのこととどの程度連関性があるのかは軽々には判断できないがクリスティーの作品には登場人物が「実際起こったこととは異なる何かを演じているということ」がミステリのトリックの重要なモチーフになっていることも多く、「オリエント急行殺人事件」もそういう作品のひとつであること。さらにいえば演劇には俳優以外に俳優らを束ねて全体を指揮する演出家(ケネス・ブラナーも英国を代表する演出家である)が不可欠だけれど、この作品にはそうした演劇的な構造が大きな役割を果たしているということがあり、そういうことがブラナーの興味を惹いたのではないかと思った。
キャスト
※括弧内は日本語吹替
エルキュール・ポワロ - ケネス・ブラナー(草刈正雄[3]): 世界一の名探偵。
ピラール・エストラバドス - ペネロペ・クルス(高橋理恵子): 宣教師。
ゲアハルト・ハードマン- ウィレム・デフォー(家中宏): 教授。
ドラゴミロフ公爵夫人 - ジュディ・デンチ(山村紅葉)
エドワード・ラチェット - ジョニー・デップ(平田広明): アメリカ人のギャングで富豪。とある秘密を抱えている。
ヘクター・マックイーン - ジョシュ・ギャッド(石上裕一): ラチェットの秘書。
エドワード・ヘンリー・マスターマン - デレク・ジャコビ(小田桐一): ラチェットの執事。
ドクター・アーバスノット - レスリー・オドム・Jr(英語版)(綱島郷太郎)
キャロライン・ハバード夫人 - ミシェル・ファイファー(駒塚由衣): 未亡人。
メアリ・デブナム - デイジー・リドリー(永宝千晶): 家庭教師。
ブーク - トム・ベイトマン(英語版)(中村悠一): 国際寝台車会社の重役。
ヒルデガルデ・シュミット - オリヴィア・コールマン(米丸歩): ドラゴミロフ公爵夫人のメイド。
エレナ・アンドレニ伯爵夫人 - ルーシー・ボイントン(清水理沙)
ピエール・ミシェル - マーワン・ケンザリ(英語版)(玉木雅士): オリエント急行の車掌。
ビニアミノ・マルケス- マヌエル・ガルシア=ルルフォ(英語版)(中村章吾): 自動車のセールスマン。
ルドルフ・アンドレニ伯爵 - セルゲイ・ポルーニン(英語版)(岩川拓吾)
ソニア・アームストロング - ミランダ・レーゾン(英語版)
*1:1934年であれば容疑者も逮捕されていなかった時期だ