下北沢通信

中西理の下北沢通信

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屋根裏ハイツ「ここは出口ではない」@こまばアゴラ劇場(配信)

屋根裏ハイツ「ここは出口ではない」@こまばアゴラ劇場(配信)

 こまばアゴラ劇場での近作2本立て公演。こちらも少ない登場人物での会話劇だが、登場会話をスケッチしたような「とおくはちかい」*1と異なり、虚実ないまぜのより複雑な構造となっている。
 公式サイトに書かれたあらすじでは「1組のカップルが暮らす部屋のリビングに、共通の知人がふいに現れる。彼女が死んでいることを2人はもう知っていて、けれどもそれを迎え入れる」とあるが、見ていて感じるのは最初に出てきた二人にしても本当にそこにいて話しているということが、描写されているのか、二人のうちの女性の方はすでに死者であり、男が現実にはいない想像上のその幻影に向けて話しているのかもしれない、と思えてくる。ところがしばらく両者の会話を聞いていると今度は二人ともすでに震災で被災してなくなっており、ここでは亡霊同士が会話を交わしているのかもしれぬという風にも見えてきて、こうした解釈は揺らぎ続けてひとつにまとまらないのだ。
 舞台上では最初男がタブレットの画面に向けて話しかけているのだが、最初のうちはタブレットは裏側で何が映っているのかが見えないので、実際に誰かに向けて話をしているというよりは遺影に向けて話しかけている人のようにも見える。
 この二人は最近亡くなって葬儀に出席することになった昔なじみの女性について過去にあった出来事を話し始めるのだが、その途中でその女性が何の前触れもなく、普通の訪問者のように部屋に現れ、二人と会話を交わし始めながら、「自分はもう死んでいるから」などと語る。いわば女は幽霊なのだが、男が確かめてみると普通に触ることができるし、幽霊らしいところは別にない。
 さらにコンビニに行くと言って抜けた男が戻ってきた時には今度はまったくの他人であり、しまっていたコンビニの前で偶然会ったという男を連れ帰ってくる。
 このようにこの物語には4人の人物が登場するが、部屋にやってきた女が自他ともに認める「死者」であるほかは残りの3人は誰が現実に生きていて、誰が亡者なのかが判然としないどころか、現前にあるこの部屋自体が現実にあるものなのか、亡者らが集う場所なのかもはっきりとしない。
 この部屋に迷いこんできた男が「いつの間にか道に迷って帰れなくなった」というのはもう死んでいるからではないか。部屋の主の男が幽霊である女に触れることが出来るのは彼もまた死者だからではないか。彼が幽霊の女の葬式に出席したことを覚えてないのはなぜか。タブレットの向こう側の女は本当に存在しているのか。この舞台にはさまざまな謎が提示されるが、その論理的な解答が示されることはない。
 すべてがこの世とあの世のあわいのように茫漠としたまま示されているが、それをそのまま提示できるのが屋根裏ハイツの演劇なのだということなのかもしれない。

出演
佐藤駿
瀧腰教寛
宮川紗絵
村岡佳奈(屋根裏ハイツ)
あらすじ
1組のカップルが暮らす部屋のリビングに、共通の知人がふいに現れる。彼女が死んでいることを2人はもう知っていて、けれどもそれを迎え入れる。つかの間の再会と乾杯。なぜか、家に帰れなくなったという見ず知らずの他人も後から合流して過ごしていると、生きるものと死んだものの境目が溶け合って、いつの間にか夜が明ける。
2018年初演、第2回人間座「田畑実戯曲賞」受賞作を再演。

作・演出・音響・照明オペ中村大地
舞台監督・照明プラン山澤和幸
舞台美術大沢佐智子
演出助手宮﨑玲奈(ムニ/青年団
衣装佐藤立樹
制作統括河野遥(ヌトミック)
現地制作沢大洋(京都)
デザイン渡邉時生(屋根裏ハイツ)
映像記録小森はるか