恋を読むvol.3『秒速5センチメートル』@ヒューリックホール東京
「秒速5センチメートル」予告編 HD版 (5 Centimeters per Second)
ロロの三浦直之のことを以前セミネールレクチャー「演劇の新潮流2 ポストゼロ年代へ向けて」*1で「ライトノベル世代の演劇」と評し、次のように論じた。
今回取り上げるのはロロ=三浦直之です。ままごとの柴幸男、柿喰う客の中屋敷法仁ら昨年あたりからポストゼロ年代の劇作家たちが本格的に台頭してきました。そのなかでも漫画、アニメ、小説(ライトノベル)といった他ジャンルのからの影響を強く感じさせるのがロロです。ゼロ年代における(小説・現代美術・映画などの)表現傾向は簡単に言えば「漫画やアニメやゲームみたいだ」ということなのですが、ロロの三浦直之にはどうやらそうしたほかのジャンルの表現の要素を演劇に積極的に取り入れ展開していこうという明確な意識があり、確信犯としてそれを目指しています。
このように三浦直之は多くの先輩作家が創作のモデルとして映画や小説を念頭に置くように漫画やアニメ、ライトノベルを念頭に置いて自らの創作活動をスタートさせており、公演の枠組み自体は三浦自身がこの作品をと指定したのかどうかははっきりとはしないのだけれど、そうしたゼロ年代以降のアニメ作家の中でも、新海誠と三浦直之とのシンクロ率はきわめて高く、アニメの舞台化としては最高の組み合わせであったのではないかと思った。
アニメの実写化は多くのヒット作を生んでいる反面、かなり多くの場合に原作ファンとの間に軋轢も呼んでいる。それは多くの場合、三次元の実写映画でアニメと同じイメージを再現することは困難なばかりではなく、アニメが原作であったとしても、映画である限りそれを映画として良いものにする方が、ビジュアルなどでアニメに完全に寄せていくよりも重要視されるのは当然ともいえるからだ。
その意味で演劇はいつでもそこにリアルに展開される出来事と、そこから喚起されるイメージの二重性において成り立っている。このため、アニメファンであればそこで展開される舞台の向こう側に原作であるアニメや漫画のイメージをそのまま投影することができる。それがアニメを演劇にすることの利点だといえる。
「恋を読む」という企画*2として、演者は全員が台本を手に持ちながら、互いに離れた台の上などで演じあうスタイルを取っている。これは観客にシーン、シーンで演じられる場に想像力の余地を残す効果をもたらしている。例えば、1場では俳優の実年齢よりも年齢の低い少年少女を演じるわけだが、半ば朗読の要素を強く残すことで、観客はそこにいるのが実際には少年であり、少女なのだというのをイメージすることになる。しかも、それが新海誠の作品を少しでも知っている観客であればそこで投影されて、俳優の演技の先に浮かび上がるイメージはかならずや新海キャラの刻印を押されたものとなるのではないかと思うのである。
脚本は三浦自身が担当しているが、面白いのはこれが会話だけによって構成された台本をただ読み合うというのではなくて、アニメでは素晴らしいビジュアルによって表現されている情景描写や心情描写などが会話と一緒に書き込まれていて、これを演者は小説を朗読するときのように読んで演じていく。ただ、舞台の背景には満開の桜や降りしきる雪、満天の星などのアニメ映像も映し出されて、セリフだけでは伝わりにくいかもしれない周辺の状況を示すようになってもいるのだ。
三浦と新海には世界観において共通点が多い。三浦がロロの旗揚げ以来創作してきた作品の多くは「ボーイ・ミーツ・ガール」、つまり男女間の恋愛を主題としたもので、しかもそれがあらかじめ「成就不可能」なものである。つまり、三浦はいろんな形で必然的な失恋を描き続けてきたわけだが、この「秒速5センチメートル」はまさしくそういう作品であり、それを三浦が演出するのはまさに水を得た魚のようなものだといえるかもしれない。
この物語の最後で明里とタカキはすれちがったまま再び出会うことはない。三浦の作品もそうだし、そうでないといけないのだ*3。
こういう素材を普通の演出家、劇作家が料理しようと試みるといたたまれないような恥ずかしいものになりがちだが、三浦の今回の舞台がそうはなっていないことが素晴らしいことだと思う。
10月21日(水)~25日(日)
【原作】新海 誠
【脚本・演出】三浦直之(ロロ)
【出演※出演日順】
入野自由×桜井玲香×田村芽実/海宝直人×妃海 風×山崎紘菜/
前山剛久×鬼頭明里×尾崎由香/梶 裕貴×福原 遥×佐倉綾音/
黒羽麻璃央×内田真礼×生駒里奈/(全日程出演)篠崎大悟(ロロ)、森本 華(ロロ)
*1:simokitazawa.hatenablog.com
*2:朗読劇シリーズ《恋を読む》『ぼくは明日、昨日のきみとデートする』、恋を読むvol.2『逃げるは恥だが役に立つ』はいずれも東宝がプロデュース。三浦直之の作演出で人気の原作を舞台として上演された。
*3:だから、「君の名は。」の最後で出会ってしまった時には唖然とさせられたものだ。知人には最近はハッピーエンドでないと受け入れられないのだと言われたが。