下北沢通信

中西理の下北沢通信

現代演劇やコンテンポラリーダンスなど様々な文化的事象を批評するサイト。

青年団リンク やしゃご「ののじにさすってごらん」(1回目)@こまばアゴラ劇場

青年団リンク やしゃご「ののじにさすってごらん」(1回目)@こまばアゴラ劇場

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身体障害者と家族の問題など現代社会が抱える様々な問題にストレートかつリアルに切り込んでいくのが青年団リンク やしゃご(旧伊藤企画)である。今回は外国人労働者の問題を取り上げた。
伊藤毅の作品は演劇スタイルとしては平田オリザ流の現代口語演劇のスタイルを受け継ぎながら、作品ごとに対象の綿密な取材を通じて、社会に存在している問題群を取り上げていくところにある。こうした作品は往々にして政権批判や社会に対する糾弾の形をとることが多いのだが、この手の問題について時の政権の批判を一方的に行って観客の共感を得ることは反対陣営にはけっして届かないから意味がないという平田の主張のように複数の人間の複数の考え方を提示しながら、どうしてこういうことになってしまうのかを観客に考えさせるような仕掛けになっているのが伊藤の作劇の特徴である。
 舞台となっているのは外国人労働者(ここでは中国人とベトナム人)が日本人と一緒に住んでいるシェアハウスである*1。ここにもコロナ禍の影響がひしひしと迫ってきていて、ここに住む日本人も外国人も仕事を解雇されたり、すでにやっていけなくなったり、コロナの流行に身の危険を感じたりして本国に帰ったりしているために、ここは住む人も減ってしまい、かなり閑散としてしまっている。
 住民のほかにもここには中国人女性の面倒を見ているホテルの従業員をはじめとする外部の人間も訪問したりしているが、物語はそれぞれが住む部屋以外の共用空間となっている場所で展開される。物語の前半では着ぐるみキャラクターの中の人をやっていた男のところに若い女性が訪ねてくる。実は男の娘で別れてから十数年ぶりに自分の結婚を報告しにきたのだ。あるいは小説家を目指す男が急に夢を諦めると言い出して、付き合っているらしい水商売の女性ともめるなどのエピソードが描かれていく。
 とはいえ、物語の中核をなすのは日本で働く外国人を巡る物語だ。近所で農業をしている女性が自分の畑を荒らしたのが、ここに住む外国人だと決めつけて、抗議をしてくる。一度は女性の勘違いということで収まりかけるのだが、彼女がおわびに持ってきた野菜にそっくりの野菜をベトナム人の男性が持ち帰ったことから、警察に訴えると言い出し、大騒ぎになる。
 このエピソードは最近話題になっていた外国人労働者を畑荒らしの犯人と決めつける芸能人の書き込みとそれを人種差別だと糾弾した別の有名人の書き込み、それに反論しての多くの書き込みなど賛否両論の大炎上が引き起こされたことをモデルにしたのであろうことは間違いないであろう。
 この舞台で作者は農家の女性の発言により、下手をすると本国送還に追い込まれてしまう弱い立場の外国人に対しではあるが、外国人を責める女性も決して強い立場ではないこともちゃんと書き込まれている。かつて雇っていた外国人労働者に逃げ出された苦い経験を持っていて、警察を呼ぶという彼女に対して、少なくともこのシェアハウスではほかの日本人たちが「証拠もないのに犯人を決めつけて、被害を与えたとこちらこそ警察に訴えるぞ」と逆に攻撃され、追い出された形となる。
 女性は忘れ物として置いてきてしまったバッグも彼女に怒りを向けている人々がいるこの施設に取りに戻れないと途中で泣いていたとの証言が帰りかけていたところを戻ってきた最初に登場した男の娘からも伝えられる。
 農家の女性も外国人もここでは主観的には被害者なのであり、女性に差別的な感情があるとしてもそれは意識的なものではない。もちろん、「無意識であろうが差別的な行為自体決して許されない」というのが最近の世間の風潮ではあるのだが、考えてみれば同じく証拠がないところで、外国人を疑えばそれは差別で、日本人を疑うことは差別ではないのかということもある。
 伊藤の描き方は実はもっと微妙である。犯人は本当は誰なのかははっきりとは示されないのだ。実は最後の方で女がベトナム人を責める時に警察を呼ばれて困ったベトナム人がなんとか女性に許してもらおうと謝るのだが、この時のほかの日本人の中に何人か一緒に誤っているか、あるいはベトナム人に対してあやまっていた人物がいたのではないかという疑問が舞台の終了後しばらくして起こってきたのだ。だとすると、最初の野菜泥棒は本当は彼の仕業なのか。もう一度芝居を見直して再考してみる必要があるかもしれない。

作・演出:伊藤 毅
ある汚いシェアハウスに、日本人と中国人とベトナム人が住んでいました。
皆は貧乏ながらに割と楽しく暮らしていましたが、ひとりひとり、悩みを持っていました。
ある日、技能実習生のベトナム人が、一通の手紙を残して失踪してしまいました。
そこには、ギリ判別できる文字で「ごめんなさい」と書いてありました。

2020年、日本の夏の話。

青年団リンク やしゃご

劇団青年団に所属する俳優、伊藤毅による演劇ユニット。
青年団主宰、平田オリザの提唱する現代口語演劇を元に、所謂『社会の中層階級の中の下』の人々の生活の中にある、宙ぶらりんな喜びと悲しみを忠実に描くことを目的とする。
伊藤毅解釈の現代口語演劇を展開しつつ、登場人物の誰も悪くないにも関わらず起きてしまう、答えの出ない問題をテーマにする。


出演

木崎友紀子、井上みなみ、緑川史絵、佐藤滋、尾﨑宇内、中藤奨(以上、青年団)、石原朋香、岡野康弘(Mrs.fictions)、工藤さや、辻響平(かわいいコンビニ店員飯田さん)

スタッフ

作・演出:伊藤 毅
照明:伊藤泰行
音響:泉田雄太、秋田雄治
舞台美術:谷佳那香
制作:笠島清剛
舞台監督:中西隆雄、武吉浩二(campana)
チラシ装画:赤刎千久子
チラシデザイン:じゅんむ
演出助手:あずまみか
芸術総監督:平田オリザ
技術協力:鈴木健介(アゴラ企画)
制作協力:木元太郎(アゴラ企画)

*1:とはいえ、一昔前ならこういう業態は下宿と呼んだんじゃないかと思う。