下北沢通信

中西理の下北沢通信

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青年団リンク やしゃご「アリはフリスクを食べない」@こまばアゴラ劇場

青年団リンク やしゃご「アリはフリスクを食べない」@こまばアゴラ劇場

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作・演出:伊藤毅

兄弟2人暮らし。両親は既に亡くなっている。

知的障害者の兄と、兄の世話を理由に法律家への夢を断念した弟。
2人は、同じ工場でアルバイトをして生計を立てている。

兄の誕生日。友人たちが集まるパーティーの場。
そこで兄を施設に入れることが知らされる。

「彼は、かわいそうな人ですか?」


青年団リンク やしゃご

劇団青年団に所属する俳優、伊藤毅による演劇ユニット。
青年団主宰、平田オリザの提唱する現代口語演劇を元に、所謂『社会の中層階級の中の下』の人々の生活の中にある、宙ぶらりんな喜びと悲しみを忠実に描くことを目的とする。
伊藤毅解釈の現代口語演劇を展開しつつ、登場人物の誰も悪くないにも関わらず起きてしまう、答えの出ない問題をテーマにする。


出演

木崎友紀子
井上みなみ
緑川史絵
尾﨑宇内
黒澤多生(以上、青年団
海老根理
岡野康弘(Mrs.fictions)
工藤さや
舘そらみ
田山幹雄(モリキリン)
辻響平(かわいいコンビニ店員飯田さん)
幡美優
スタッフ

舞台監督:黒澤多生(青年団
照明:伊藤泰行
音響:泉田雄太
美術:谷佳那香
制作:笠島清剛(青年団
宣伝美術 じゅんむ
芸術総監督:平田オリザ
技術協力:鈴木健介(アゴラ企画)
制作協力:木元太郎(アゴラ企画)

 前作「上空に光る」*1東日本大震災後の被災地の変容を描き伊藤毅の代表作ともいえる舞台となった。今回の「アリはフリスクを食べない」は2014年に初演された伊藤の処女作であり、「上空に光る」で固まってきた感のあるやしゃご(伊藤企画)の集団としての方向性を原点に回帰して再確認しているようなところがあった。
 伊藤の作品は日々を生活していくなかで誰の身にも起こるような不条理をリアルに再現して観客の目の前に突きつける。「アリはフリスクを食べない」ではそれは知的障碍者を兄に持ち、彼と同居して生活をともにしている弟とその婚約者を巡る葛藤。平田オリザは現代口語演劇でハイパーリアルな舞台空間を構築したが、伊藤はその手法を駆使して場合によっては目を背けたくなるような彼の存在が周辺の人間に広げていくささくれのようなものを抉り出す。特に知的障害の描写は迫真的にリアルであり、演劇が障碍者を描き出すときにありがちなステレオタイプを徹底的に排除しているのが最大の特色であろう。 
 演劇における障害者といえば大人計画「ファンキー!」における新井亜樹と山本密の演技が迫真という意味でも印象的だが、大人計画ではそれ以外の人物の造形には大きなデフォルメがほどこされていた。当時は差別表現へのポリティカルコレクトネスも現在ほどは厳しくなかったから、いまそれを表現しようとしたら大人計画の時よりも数段上の決め細かな人物造形が必要。例えば平田オリザの現代口語演劇では登場人物のニュートラルな身体を前提とする。そして、それからずれたような身体性を表現する場合にはそれをロボットなどに仮託し、記号的に処理することで関係性そのものは記述可能なものに還元する。
 伊藤の登場させる障害者にはそういう記号性に還元できない「そこに実在する存在」をあくまでできるだけ忠実に再現するというようなもので、下手に演劇でよくあるようなデフォルメをしようものならば隠蔽された差別意識の発露などと解釈されかねない昨今の状況であえてそれに挑戦するというところに伊藤の作家としての矜持を感じた。
 兄役を演じた辻響平(かわいいコンビニ店員飯田さん)も伊藤の困難な要求によく応えていたと思った。そして、こんなことを書くと誤解を読みかねないのだが、天真爛漫で傍若無人な井上みなみ演じるカナコちゃんが本当に魅力的だった。ともするといたたまれないようなつらい場面ばかりにもなりがちな芝居に明るい光を当てていた。もともとうまい人だが並外れた演技力に脱帽した。
 青年団は所属している作家に多様な活動形態を提供している。伊藤毅は演出部ではなく、俳優として青年団に所属し自らの活動を展開している。類似の例としてはサンプルの松井周がいたが、松井の場合は青年団の本公演には出演しなくなってかなり久しいので、新進の劇作家、演出家であるととも青年団の中心俳優でもある伊藤が青年団の豊岡移転後、どのように活動していくのかは青年団の今後を占う試金石にもなりそうだ。