下北沢通信

中西理の下北沢通信

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知的障害者抱える家族の姿 繊細に描き出す 芸劇eyes青年団リンク やしゃご「きゃんと、すたんどみー、なう。」@東京芸術劇場シアターイースト

芸劇eyes青年団リンク やしゃご「きゃんと、すたんどみー、なう。」@東京芸術劇場シアターイース


青年団リンクやしゃご青年団の俳優である伊藤毅の率いるプロデュースユニット。サンプルの松井周も青年団の俳優部に所属しながらサンプルでの作演出の活動を続けていたが、伊藤も松井の後を追うように俳優を続けながら青年団リンク やしゃごを継続している。
演劇のスタイルとしては青年団の先行世代と比較しても平田オリザの現代口語による群像会話劇のスタイルを踏襲している。平田のもっとも正統的な後継者のひとりと感じさせるが、作品の主題は平田とは異なり、知的障害や発達障害など様々なハンディキャップを抱えた人物らを登場させて、そうした人物がいることでの集団内に引き起こされる感情的な摩擦などを繊細に描写していくことが多い。
 「きゃんと、すたんどみー、なう。」もその作風の典型と言っていいだろう。三人姉妹の次女が結婚して三人で暮らしていた実家から新居に引っ越すということになる。その次女の引っ越しの日を描き出し、残された知的障害を持つ長女とそれまで家を取り仕切ってきた三女らの間で起こる感情のもつれが描き出される。
 知的障害者と一緒に暮らす家族がどこまで自己犠牲によりその負担を受け入れることができるのか、という問題は容易に結論がでない問題だ。観客は三女の抱えるこの問題を自らにも突き付けられた問題として感じることになる。作者はこの問題にあえて結論を出さず、観劇した観客のひとりひとりがそのことを自分ごとのように考えてもらうというのが青年団リンクやしゃごの持ち味で、対象とする世界は異なっても出来事に対するアプローチには平田オリザのそれとの共通点を感じる。
 この作では実はそれぞれの人物がその人物なりの大きな問題を抱えているのだということが、物語の進行に伴い明らかになってくる。物語は結婚後もしばらくこの家で一緒に暮らしていた次女の夫婦が新居に引っ越すことになり、その荷物を運ぶ引っ越し業者が荷物の整理を待って休憩中であるという場面から始まる。三女の立場からすると次女は長女を自分だけに押し付けてそそくさとこの家から逃げ出したと感じている。だが、物語の進行に伴い実は次女にも次女なりの理由があるのだというのが分かってくる。次女夫妻は夫が大学の教え子に手を出したことで大学を解雇され、夫婦として大きな危機にある。その関係を修復できるか、このまま別れてしまうの岐路にありか引っ越しはその決断を行うためのものだということが分かってくるからだ。この問題は浮気をした夫が一方的に悪いということになってしまいそうだが、遅れてやってきた夫のかつての教え子はこの浮気と呼ばれているものにも実は理由があるのだと明らかにする。それが大学の人間関係で鬱状態になって精神的な危機に陥っていた女性が自死してしまうのを救うための行為だったのだと説明する。とはいえ、それ相応の動機があったとしても実際に浮気と認定しうるような行為が教え子との間にあったことも確か。問題は今度はその一連の事情を知ってそれを許せるどうかの問題になってくる。簡単にどうすべきだという結論が出せるという問題ではない。
 さらにこれはどちらも本人同士が意識しているかどうか疑問があるが、次女の夫はかつて三女と同級生であった縁がある。それで次女と知り合うことになったのだが、三女の友人である漫画家が指摘するように三女は次女の夫に対する何らかの思いがあり、それが破れたことで自らの幸せへの要望を失ってしまったのではないか。これについては真相は分からないが少なくとも次女にはそう感じられ、家を出ることにそれが影を落としているのではないかということも暗示される。作品ではそれぞれの思いは立場によって異なるのだということが重層的な表現によって示されていく。
 そしてこのように絡み合う諸問題を見事に描き出すのが、出演している俳優らの迫真の演技とそれを支える伊藤毅のきめ細かな演出だ。知的障害者のような存在を演劇で演じる際にはどうしても記号化された、あるいはデフォルメされた演技になりがちだが、長女を演じる豊田可奈子の演技にはそういうものがない。さらに言えばこうした人物を内面再現的な演技メソッドで演じることは困難なはずだが、ここで醸し出されるなまなましさの背景には障害者と実際に会って見たり話したりしたうえで、いわば平田オリザがロボット演劇でロボットに演出するような方法論がここには生きているかもしれないということを感じさせた。
 

 

作・演出 伊藤 毅
2022年7月7日(木)~7月17日(日)

東京芸術劇場シアターイース
公演によせて/伊藤より
関東圏郊外。三人姉妹が住む一軒家。

長女は、知的障がい者である。
親はもうなく、主に三女が家を仕切っている。
次女が結婚し、夫と建てた新居への引っ越し日。

引っ越し業者とともに作業をする姉妹たち。
そこに、長女と結婚したいという男が現れる。

これは、2017年の初演時に寄せたあらすじです。

この5 年の間に、それまでの問題はそのままで、様々なことが変わりすぎてしまった気がします。

2022 年の『きゃんと、すたんどみー、なう。』は、上演当初とは違うお話になるかもしれません。何にせよ、今のやしゃごのできるだけをお見せ出来たらと思っております。
ぜひ、皆さま、万障お繰り合わせの上、足をお運びいただけますと幸いです。
(作・演出/伊藤毅)


出演

井上みなみ

緑川史絵

佐藤 滋

藤谷みき (以上、青年団

赤刎千久子(ホエイ)  

海老根 理

岡野康弘(Mrs.fictions)

清水 緑

辻 響平(かわいいコンビニ店員飯田さん)

とみやまあゆみ(演劇ユニット鵺的)

豊田可奈子

藤尾勘太郎 

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