下北沢通信

中西理の下北沢通信

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「岸田國士はどんな人だったのか」考えさせる「戦争劇」連作 DULL-COLORED POP『岸田國士戦争劇集』白@小竹向原・アトリエ春風舎

DULL-COLORED POP『岸田國士戦争劇集』白@小竹向原・アトリエ春風舎



 岸田國士を取り上げる評伝劇上演を予定している谷賢一がそれに向けての準備の一環として岸田國士の「戦争劇」を連続上演を試みたのがDULL-COLORED POP『岸田國士戦争劇集』@小竹向原・アトリエ春風舎である。

 岸田國士には「紙風船」「屋上庭園」など多くの演出家が現在も上演を続けている会話劇の秀作があるなかで、岸田作品としては傍流と思われる「戦争劇」にあえて着目したのが、今回の上演の興味深いところであるが、それは実作自体の演劇としての面白さ以上に岸田國士がどういう人なのかを考えてみようと考えた時にフランス帰りで軽妙かつモダンなタッチの会話を得意とした岸田がなぜ大政翼賛会文化部長を務め、自ら積極的に戦時協力に加担し、戦後の1947年にGHQにより公職追放となるに至るかという謎を解明することが、岸田の評伝劇執筆の際の鍵を握ると谷が考えたからではないかと思う。
 現代に引き付けての見方をすれば「戦争劇」とはいっても日露戦争へ出征する兵士夫妻の心の揺れを克明に描いた『動員挿話』は反戦劇、戦時中に書かれ従軍し戦死した若い兵士を描いた『かへらじと』はそれと比べると戦争自体には迎合的に見えなくもない。だが今回の上演を見ての実際の印象はいずれも少し違うのだ。そこが岸田國士岸田國士とも言えなくもないところで、この人の一筋縄でない複雑さを表しているともいえそうだ。
 実は『動員挿話』を見るのは今回が二度目で、前回の観劇で以下のような感想を抱いた。

 安部政権による改憲論議や日本全体の右傾化傾向に対する批判的な立場からの上演なのかもしれないと考えて舞台を見始めた。だが、実際の今回の舞台にはそういう直接的な主張は希薄であると感じた。戯曲からそのモチーフを汲み取るとすればそういう政治的な主題よりは男女の間に往々にして引き起こされるディスコミュニケーションが悲劇につながることがあるということ、特にそうしたことは日本において典型的な同調圧力を伴って起こることがあるということ。無理に戦争についての話と考えるよりも先の震災の時にも頻繁に起こった個人の思いと社会的な同調圧力が引き起こす軋轢が引き起こす悲劇の問題と考えればこの戯曲は現代にも通底する意味を持つかもしれない。
劇団ダンサーズ旗揚げ公演「動員挿話」(岸田國士作)@SCOOL

 この時に抱いた感想と今回の上演を受けての感想には共通するところがある。それはやはり『動員挿話』は反戦劇ではないのではないかということだ。
確かにこれはそれがたまたま戦争についての話となっただけであって、「社会的な同調圧力が引き起こす軋轢が引き起こす悲劇」が描きたかったのではないか。この舞台は見ている観客の我々に観劇後なんともいえない、やるせない、もどかしい思いを抱かせるがそれは「戦争のもたらす悲劇」というのとは違う。反戦劇として描いたならば最後に井戸に飛び込み自殺する女性の行為は突発的すぎる。とはいえ、不条理劇に近いような幕切れのインパクトは凄まじくいろんな意味で問題作には違いない。
 一方、『かへらじと』は私にはどういう意図を持って書かれたのがもっと分かりにくく、不可思議な作品だ。こちらも戦争劇という以前に幼馴染の男二人の間の複雑な感情を描いたであって、幼い時に事故で親友の片目を潰してしまった男がその贖罪の気持ちから戦闘行為の最中に無謀な突撃を繰り返し半ば自殺同様の戦死を遂げるという物語。彼の行為が無駄な行為として揶揄的に取り上げられるというわけではないけれど、戦時中に軍部により大幅に検閲を受けたとしても戦意高揚につながるとは到底思えない内容だし、やはり見終わった後に何ともいえないもどかしさを感じるということにはこの二つの作品には共通点がないわけではない。
岸田國士戦争劇集』を見終わって岸田國士という人について何かが氷解したというよりも、ますます謎が深まったという印象を強くした。戦時中にさまざまな芸術家が戦争協力的な行為に加担しており、それはそれぞれの動機や理由があるとは思うが、演劇界には珍しくなかった左翼系の反戦運動とは距離を置きたいという政治的立場はあったとはいえ、岸田國士の戦時中の立ち位置には謎が多く思われる。そのことについて私自身も興味が湧いてきたし、谷賢一がそこにどんな風にメスを入れ評伝劇を書きあげるのかにこの公演を見て一層の興味が浮かんだ。

作:岸田國士 構成・演出:谷賢一
岸田國士は戦争をどのように見ていたのか? 岸田の「戦争劇」を並べて上演することで、岸田と当時の日本人が戦争をどのように見ていたのか浮かび上がらせます。

日露戦争へ出征する兵士夫妻の心の揺れを克明に描いた傑作『動員挿話』(1927年)。また太平洋戦争へ出兵する若い兵士を描いた『かへらじと』(1943年)は、戦時中に書かれたたった一つの劇であり、かつ大幅に検閲を受けた点でも注目すべき短編です。劇場での上演は上記2作ですが、関連プロジェクトとしてラジオドラマの台本である『空の悪魔』、わずか1ページの短編『戦争指導者』なども取り上げます。


劇場での上演:
『動員挿話』(16000字、約1時間/登場人物6名)
www.aozora.gr.jp

『かへらじと』(18000字、約1時間/登場人物18名以上)
aozora.binb.jp

関連上演あるいは配信(形態未定):
『戦争指導者』(643字、約1分/登場人物2名)
『空の悪魔(ラジオ・ドラマ)』(10000字、約40分/主要登場人物6名)

【!】一部公演の中止および振替のご案内 _ 2022年7月3日

DULL-COLORED POP
2005年旗揚げ。主宰:谷賢一。都内を中心に活動するストレートプレイ劇団。

出演
赤組(『動員挿話』『かへらじと』)
阿久津京介、東谷英人(以上DULL-COLORED POP)、越前屋由隆、齊藤由佳、原田理央(柿喰う客)、ふじおあつや、松戸デイモン、渡辺菜花

白組(『動員挿話』『かへらじと』)
倉橋愛実(DULL-COLORED POP)、荒川大三朗、石川湖太朗(サルメカンパニー)、石田迪子、伊藤麗、函波窓(ヒノカサの虜)、國崎史人、古河耕史

声の出演(『かへらじと』『空の悪魔』)
石井泉、小野耀大、小幡貴史、勝沼優、椎名一浩、田中リュウ、服部大成、間瀬英正、溝渕俊介、宮部大駿

スタッフ
演出助手:刈屋佑梨、石井泉
美術:濱崎賢二
映像:松澤延拓(株式会社カタリズム)
照明:緒方稔記(黒猿)
音響:佐藤こうじ( Sugar Sound)
衣裳:友好まり子
制作:DULL-COLORED POP

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