下北沢通信

中西理の下北沢通信

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若い妻役を演じた渡辺菜花の演技に強いインパクト DULL-COLORED POP『岸田國士戦争劇集』赤組@小竹向原・アトリエ春風舎

DULL-COLORED POP『岸田國士戦争劇集』赤組@小竹向原・アトリエ春風舎

 

白組と赤組のダブルキャストで上演され、配役は総入れ替え。すでに先行して観劇した白組に続きこの日は赤組キャストによる上演を観劇した。この日印象的だったのは『動員挿話』で馬庭のエキセントリックな若い妻役を演じた渡辺菜花の演技であった。この人にはとても強い目力を感じたのだが、それが数代の役柄にぴったり嵌まった感がある。当たり役だったのではないか。白組では同じ役を伊藤麗が演じていて、繊細な演技は悪くなかった印象はあるのだが、よくも悪くもアクの強いきょうの渡辺菜花の演技に数代の印象が塗り替えられてしまった感がある*1
 岸田國士の演劇の特徴は戦前という家族や男女間に封建的な上下関係などがまだまだ色濃く残る時代に確固たる自分の意志を持ってそれに抗うような現代的なキャラクターが登場させていることだ。従軍という特殊ともいえる状況を取り上げてはいるが、『動員挿話』の数代もそういう女性のひとりだといえそうだ。
「驟雨」では新婚旅行の最中に喧嘩した妻が実家に帰ってきてしまうエピソードをコメディータッチで描いたが、夫婦間のディスコミュニケーションが引き起こす出来事が描かれていても「驟雨」が喜劇的なのに対して、『動員挿話』が突然のカタストロフィー(破滅)を迎えることにはやはり戦争というものの特殊な状況が影を落としているということは間違いないだろう。
 一方、『かへらじと』の方は現代人の眼で見るとやはり特殊な作品であり、感情移入は困難だ。ただ、この作品はもともと移動演劇として一般大衆に見せるために書かれたものであるため、ある種の大衆性はあるのかもしれない。それというのは実は劇場での観劇中に嗚咽の声が漏れ聞こえてきたからだ。私は従軍して「生きてかえらじ」と無謀とも思われる突撃を繰り返し戦死した主人公にまったく感情移入することができなかったので、岸田國士がこの作品を書いた動機についていろいろ考えさせられるところが多くて、物語に没入して嗚咽を漏らす観客がいるんだということにむしろ驚きを禁じ得なかったのだが、そういう風に考えると同じ舞台を見てもかのようにまったく異なる印象を抱きうる多面性に岸田の真骨頂はあるのかもしれない。

作:岸田國士 構成・演出:谷賢一
岸田國士は戦争をどのように見ていたのか? 岸田の「戦争劇」をは並べて上演することで、岸田と当時の日本人が戦争をどのように見ていたのか浮かび上がらせます。

日露戦争へ出征する兵士夫妻の心の揺れを克明に描いた傑作『動員挿話』(1927年)。また太平洋戦争へ出兵する若い兵士を描いた『かへらじと』(1943年)は、戦時中に書かれたたった一つの劇であり、かつ大幅に検閲を受けた点でも注目すべき短編です。劇場での上演は上記2作ですが、関連プロジェクトとしてラジオドラマの台本である『空の悪魔』、わずか1ページの短編『戦争指導者』なども取り上げます。


劇場での上演:
『動員挿話』(16000字、約1時間/登場人物6名)
『かへらじと』(18000字、約1時間/登場人物18名以上)

関連上演あるいは配信(形態未定):
『戦争指導者』(643字、約1分/登場人物2名)
『空の悪魔(ラジオ・ドラマ)』(10000字、約40分/主要登場人物6名)

【!】一部公演の中止および振替のご案内 _ 2022年7月3日

DULL-COLORED POP
2005年旗揚げ。主宰:谷賢一。都内を中心に活動するストレートプレイ劇団。

出演
赤組(『動員挿話』『かへらじと』)
阿久津京介、東谷英人(以上DULL-COLORED POP)、越前屋由隆、齊藤由佳、原田理央(柿喰う客)、ふじおあつや、松戸デイモン、渡辺菜花

白組(『動員挿話』『かへらじと』)
倉橋愛実(DULL-COLORED POP)、荒川大三朗、石川湖太朗(サルメカンパニー)、石田迪子、伊藤麗、函波窓(ヒノカサの虜)、國崎史人、古河耕史

声の出演(『かへらじと』『空の悪魔』)
石井泉、小野耀大、小幡貴史、勝沼優、椎名一浩、田中リュウ、服部大成、間瀬英正、溝渕俊介、宮部大駿

スタッフ
演出助手:刈屋佑梨、石井泉
美術:濱崎賢二
映像:松澤延拓(株式会社カタリズム)
照明:緒方稔記(黒猿)
音響:佐藤こうじ( Sugar Sound)
衣裳:友好まり子
制作:DULL-COLORED POP

岸田國士の戦争劇
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjstr/49/0/49_27/_pdf/-char/ja

*1:ただ、見た順番は重要だから、順番が逆なら印象は変わったかもしれない