下北沢通信

中西理の下北沢通信

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青年団リンク やしゃご「ののじにさすってごらん」(3回目)@こまばアゴラ劇場

青年団リンク やしゃご「ののじにさすってごらん」(3回目)@こまばアゴラ劇場

3回目の観劇。過去2回の観劇を通じての不明点がかなり氷解した。虚構を現実が追い越すようにベトナム人を容疑者として事件が起こり、連日のように報道されている*1ものの、この作品の中では野菜泥棒は冤罪である。そのことは次の点からかなりはっきりと分かる。まずは野菜を盗んだとされているグエンは自分の財布を持って買い物に出かけており、値段が安いからスーパーに出掛けた皆と途中で別れて、産直の野菜を販売する無人の販売所で購入したと思われる。
この舞台の前半で1000円を巡るお金の貸し借りがかなり執拗に描かれた。これはここで描かれた人にとってはこうした貸し借りはきわめて重要だということだ。スーパーのポイントカードを取りにわざわざ戻ってきたり、ここではそうした節約もきわめて重要なのだ。
だから、節約を考えて販売所にいくのはあり得ても、財布を持っているという描写があったうえで、野菜を盗んでいるということはありえない。さらに言えばすぐには気が付かなかったが農家の女性がバッグを取りにいけないと泣いていたということは販売所を確認して代金が置いてあることを確かめたということではないか。飛び出して行った女性はまずそこに行って確かめる可能性が高いし、そこにお金がなかったらカバンも忘れているし、もう一度下宿に戻ってきて騒ぎ立てたはずだ。
もうひとつは中国人であるコウ・マーメイについて。彼女はもともと技能実習生として来日するもコロナの影響で解雇されてしまっている。本来ならすぐに帰国しなければならないところを特定技能1種試験の勉強中である。ホテルに勤める男(小島直樹)が身元引受人的な役割を果たしているようだが、これが正規に許される行為なのかどうかはややグレーゾーンのように思われる。その意味で野菜盗難事件に巻き込まれれば何もしていなくても本国送還になってしまう可能性はあり、そのことが彼女の立場を心身ともに不安定なものとしている。彼女の受けようとしている試験はおそらく食品企業を対象としたもので試験内容は次のようなもの(https://www.shokusan.or.jp/wp-content/uploads/2020/10/ki_20201005_1.pdf)であることが想定されていることが彼女の会話の端々から分かってくる。また結婚は原則として禁じられていることがこちらのサイト*2にも紹介されている。さらにいえば中国国内での差別的待遇の問題「農村戸籍」のこともある。伊藤はこうした問題を丁寧に取材してこの作品に盛り込んだが、やはりひとつの作品に入れるには盛り込みすぎだったかもしれない。
 この作品の本丸はおそらく技能実習制度にともなう外国人差別の問題だったと思われるのだが、この作品ではそこにさらにコロナ禍の失業問題などがからんで、本来の主題を散漫なものとさせてしまったのではないか。単独の主題としては歌野哲と娘(井上みなみ)を巡る物語などは興味深いのだが*3

青年団リンク やしゃご

劇団青年団に所属する俳優、伊藤毅による演劇ユニット。
青年団主宰、平田オリザの提唱する現代口語演劇を元に、所謂『社会の中層階級の中の下』の人々の生活の中にある、宙ぶらりんな喜びと悲しみを忠実に描くことを目的とする。
伊藤毅解釈の現代口語演劇を展開しつつ、登場人物の誰も悪くないにも関わらず起きてしまう、答えの出ない問題をテーマにする。

出演:
 シェアハウスの住人
 <一階男子部屋>
 尾峙宇内[青年団]:平松耕史(会社員)
 佐藤滋[青年団] :歌野哲(元スーツアクター
 辻響平[かわいいコンビニ店員飯田さん]:グェン・ヴァン・ダット
          (ベトナム人。建設業技能実習生として来日。)
 中藤奨[青年団] :綿引慎也(実家の山形に帰省中。)

 <二階女子部屋>
 工藤さや     :中井節子(キャバ嬢。)
 石原朋香     :コウ・マーメイ(中国人。技能実習生として来日するもコロナの影響で解雇。現在、特定技能1種試験の勉強中。)

 シェアハウスの住人以外の登場人物
 木崎友紀子[青年団]:高橋曜子(シェアハウスの管理人。)
 岡野康弘[Mrs.nctions]:小島直樹(ホテルマン。解雇されたコウの面倒を見る。)
 井上みなみ[青年団]:松本結衣(歌野の知り合いらしい。)
 緑川史絵[青年団]:三浦早苗(近所の農家。)

スタッフ

作・演出:伊藤 毅
照明:伊藤泰行
音響:泉田雄太、秋田雄治
舞台美術:谷佳那香
制作:笠島清剛
舞台監督:中西隆雄、武吉浩二(campana)
チラシ装画:赤刎千久子
チラシデザイン:じゅんむ
演出助手:あずまみか
芸術総監督:平田オリザ
技術協力:鈴木健介(アゴラ企画)
制作協力:木元太郎(アゴラ企画)

*1:https://www.yomiuri.co.jp/national/20201028-OYT1T50240/www.yomiuri.co.jp

*2:samurai-law.com

*3:うさぎのエピソードなど泣かせるものがあり、これだけで1本芝居になりそうだ。