下北沢通信

中西理の下北沢通信

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女の子には内緒「老いは煙の森を駆ける」@こまばアゴラ劇場

女の子には内緒「老いは煙の森を駆ける」@こまばアゴラ劇場

柳生二千翔は無隣館出身・青年団演出部の若手劇作家・演出家。これまで「メゾンの泡」*1、「隅田川 森羅万象 墨に夢」プロジェクト企画 柳生二千翔「アンダーカレント」*2など、いろんな作風の舞台を見てきたが、日常を描くというよりは非日常的な設定を好むという以上の「こういう作風」というのが一言では焦点を結ばないきらいがある。
「老いは煙の森を駆ける」は老いゆく猟師と彼の子供をかつて殺した森の化身「獣(けもの)」との対決を描いている。どこかジブリ風味を感じさせるようなファンタジーである。現代演劇ではかなり珍しい作風といえそうだ。
 2021年になり、さらにコロナ禍が世界を覆っている中でポストゼロ年代(2010年代)演劇とはかなり違う世界観の作家が増えてきており、彼もそういう作家のひとりと言っていい。この舞台の当日パンフで柳生二千翔は次のような文章を書いている。その一部を引用してみよう。

私たちはカタストロフの中心地にいる。現在、COVID-19は人類よりは上位に立ち、私たちの生活を制限し、命を奪う。その関係の終わりがどこにあるのか、目を凝らしても、霞がかった時代は明瞭な答え映し出さない。改めて自然、そして地球というものは人智の及ばぬ存在であり、人の万能さは幻影なのだと感じる。(中略)成長志向が限界を迎える世界。私はその先の未来を思考するために、自然と人間の関係のあり方を再考し、過去・現在・未来に問いかける場を築く。

 作者がCOVID-19のことから語り始めているので、舞台を実際に見る前には森の化身「獣(けもの)」=新型コロナというメタファー(隠喩)の寓話的物語だろうかと思い見始めた。だが無理やり当てはめればそういう解釈も可能かもしれないが、ここで描かれているのはもっと豊穣かつ神話的な物語というのが分かった。
 今回の作品だけでは汲みつくされてはいないが、背後にもっと大きな「世界」の存在を感じさせる。私の世代には森の化身「獣(けもの)」と猟師の関係は手塚治虫の「火の鳥」を彷彿とさせた。
 「老いは煙の森を駆ける」には重力に操られて世界を巡っている女とか、「人類が滅びた」というような設定も出てくるが、そうしたディティールについては語りつくされてはいない。壮大な世界観を展開していくには「火の鳥」のように、サーガとして少なくとも5~10話の展開が必要かもしれない。
 ただ、柳生二千翔自身は次回作から「女の子には内緒」の活動の幕を下ろし、新たな集団「chi-so」の発足を発表している。この作品は「女の子には内緒」最後の作品となっており、将来何らかの形での続編を書くことになる可能性はあるが、シリーズを続けていくならタイミングとして最悪でもあり、継続する気はないのかもしれない。
 柳生二千翔の過去の作品から考えても今回の作品は異色ではあり、続きを作るならライトノベルか漫画原作の方が適しているかもしれない。
実は従来なら漫画かラノベが描いたような異世界系の物語を演劇でやるというのが、最近の若手の演劇の傾向のひとつという風にも思われてきた。昨年コロナ禍で配信で見たもののなかでもうさぎストライプ「あたらしい朝」、宮崎企画「回る顔」、かまどキッチン マグカルシアター2020における上演「人人人人人←根を張って聳える杉っぽい」などがそうであったし、少しリアル側に振れた設定ではあるが、ハナズメランコリー(HANAʼ S MELANCHOLY)STAGED READING VOL.1 『ジーンを殺さないで -Let Jean Live-』、コトリ会議 「セミの空の空」も異世界ものと言えるのかもしれない。
 平田オリザ岩松了らをへてのリアルな群像会話劇はチェルフィッチュ岡田利規)、ままごと(柴幸男)をへて大きく方向転換。ここ数年は主流の座を劇世界に非日常を取り込んだようなものへと変貌しつつある。
 実はそういう目でとらえたことはこれまであまりなかったのだが、ロロ(三浦直之)と五反田団(前田司郎)の登場が大きな分岐点だったのかもしれない。このことについては引き続き別のところでももう少し考えてみたくなってきた。 

劇作・演出:柳生二千翔

老いゆく猟師と、彼の子供を殺した森の化身。
山深い緑の大地から見つめた、「自然」と「人間」の過去・現在・未来。

太古より山に住む謎のいきもの・獸。
木が生い茂った小さな集落に住む山のひとびとは、獸ととくに接することなく、しかし存在は常に感じながら、日々共に生活してきた。

あるとき、獸ははじめて人を殺す。

憤った集落の男たちは討伐に向かうが、皆返り討ちに遭う。
生き残った数少ない者たちは集落へ引き返す中、猟師・シラスは鋭い目で森を睨みつけながら山を登る。
彼には引き返せない理由があった。
最初に殺された人間は、彼の子供だった。

女の子には内緒
劇作家・演出家の柳生二千翔が代表する演劇ユニット。2013年より関東を拠点に活動中。劇空間と外部環境をシンクロさせ、物語が鑑賞者の生活と地続きに繋がっていく作風が特徴。正しい/間違い、良い/悪いなどと単純化されない、“世界への新しい眼差し”を提供することを試みる。
2016年、第4回せんだい短編戯曲賞大賞受賞。2018年、本多劇場「下北ウェーブ2019」選出。同年、第1回人間座「田畑実」戯曲賞受賞。


出演
雄大(中野成樹+フランケンズ)、高山玲子、渡邊まな実

スタッフ
舞台監督|鐘築隼
助力|山内晶(キリグス/青年団
舞台美術|渡邊織音(グループ・野原)
衣装|永瀬泰生(隣屋)
音響|おにぎり海人(かまどキッチン)
照明|佐藤佑磨
記録映像撮影・宣伝美術|内田圭
記録写真撮影|金子愛帆
制作|井上尚子