下北沢通信

中西理の下北沢通信

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渡辺源四郎商店第34回公演『洞爺丸ものがたり』@配信

渡辺源四郎商店第34回公演『洞爺丸ものがたり』@配信

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「洞爺丸ものがたり」(渡辺源四郎商店提供)

2015年に上演された俳優が頭にキャップ状の船をつけて擬人化された船を演じるという「海峡の7姉妹〜青函連絡船物語〜」 の続編。演劇作品としては珍しい趣向ではあるがゲーム、アニメで知られる艦これ(艦隊これくしょん)になじんだ層にとっては現代ではむしろ「擬人化された船舶」*1というのは普通に受け入れられるイメージなのかもしれない。前作同様にこの作品では青森と函館を結ぶ交通の基幹となっていた青函連絡船の長い歴史を描いていく。前回作品では1964年に就航した津軽丸をはじめ津軽丸型と称せられた7隻のことが7姉妹の物語として描かれたが、今回取り上げたのは洞爺丸を主体にしたその前日譚の物語である。上記の写真のように洞爺丸をはじめそれぞれの船舶は頭に船上の造形を防止のように乗せた俳優によって演じられる。
今回の「洞爺丸ものがたり」は船の擬人化に加えてもうひとつ新たな趣向が付け付け加えられた。それは全体が青森りんごテレビという架空の放送局のテレビ番組という枠組みを踏襲されており、ちょうどNHKの「ファミリーストーリー」のような洞爺丸一族の歴史を探っていくという番組の収録という外枠のあるメタ的構造になっている。そういうこともあり、配信でも筋立てのある歴史劇を見るというよりもテレビ番組を見るように気楽に分かりやすく、ほとんどの現代人にとっては縁遠い存在である青函連絡船の歴史に入っていくことができた。
 もちろん、洞爺丸といえばタイタニック号と同じような最後に起こった事故のイメージがほとんどだ。世界船舶史上も未曽有の出来事*2であったのにも関わらず私には台風で沈んだという以上の知識があまりなかった*3。実際に事故が起こるに至る状況などもむしろ日本人であっても映画になったこともあり、タイタニック号の方がよく知られているぐらいで、1000人を超える被害者の中にアメリカ軍関係者57人も含まれており、台風が迫る中で出航を急いだひとつの要因ともなったことなどもこの作品で初めて知った。
 事故自体は台風の状況に対する不運な誤認が原因とされるが、畑澤は洞爺丸以前の青函連絡船への整備に対する米軍(GHQ)の度重なる介入などのことが前日譚として執拗に描くことで単に不運な事故というだけではなく、判断ミスを引き起こした背景には洞爺丸を出航させて、米軍人を手早く帰国の途につかせたかった米軍側の圧力があったのではないかというようなことも匂わせるような内容にも仕立てている。
 歴史を振り返りながらもやはりだれもが予測はしていたように最後の決定的な出来事(ゼロ時間)に向けてカウントダウンをはじめ、クライマックスを迎える。それは悲劇的でもあり、劇的な高揚感ももちろんあるが、そこでそのままカットアウトして終わらないのが畑澤聖悟らしい。テレビ番組という外枠をあえて作っていたのは悲劇的なクライマックスをラストシーンにはしないという畑澤の美学があるがゆえであろう。渡辺源四郎商店では前作ではメインの役柄であった 工藤由佳子、三上晴佳らは出演していないが、今回洞爺丸を演じた渡邊望美ら畑澤聖悟が青森中央高校などで育てた若い俳優陣が次の世代の主力にと育ちつつあり、地方劇団では困難とされる世代交代が進行しているのがうかがえて、それが今回の作品の見どころでもあった。

作・演出:畑澤聖悟
出演:
山上由美子 
工藤良平 
音喜多咲子 
松野えりか   
渡邊望美 
木村知子 
工藤和嵯    
三津谷友香 
白石恭也 
福嶋朋也
【あらすじ】

洞爺丸(とうやまる)は、運輸省鉄道総局(当時の国鉄)がGHQの許可を得て建造した車載客船4隻の第1船です。戦後初の本格大型客船であり、「海峡の女王」と呼ばれた洞爺丸は1954年(昭和29年)9月26日、台風15号洞爺丸台風)の暴風と高波により転覆・沈没。死者・行方不明者あわせて1,155名という、日本海難史上かつてない事故を起こした悲劇の船として、歴史に名を残すことになるのでした。


助成:令和2年度芸術文化振興基金 

主催:渡辺源四郎商店、なべげんわーく合同会社

共催:一般社団法人進め青函連絡船

企画制作:なべげんわーく合同会社 

東京公演提携:(有)アゴラ企画・こまばアゴラ劇場  

三重公演主催:三重県文化会館  

<スタッフ>

ドラマターグ:工藤千夏  

舞台美術:山下昇平  

舞台監督:中西隆雄  

音響:藤平美保子  

照明:中島俊嗣(ステージライティング・スタッフ)、飯田みどり(ステージワンぷらす)

制作:秋庭里美、奈良岡真弓 

プロデュース:佐藤誠 

映像制作:アップルビジョン (高坂美範、溝江祐輔)

配信スタッフ:成田真治(Studio Quaria) 

宣伝美術:工藤規雄+渡辺佳奈子

協力:青森県立郷土館、東光不動産、青森演劇鑑賞協会、(一社)弘前芸術鑑賞会、アップルビジョン、Griffe Inc. 山北舞台音響、ステージ・ライティング・スタッフ、NPO法人アートコアあおもり、ジパング、シバイエンジン 對馬聡 株式会社コローレ  葛西薫(ぱやらぼ)


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洞爺丸はなぜ沈んだか (文春文庫)

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新装版 虚無への供物(上) (講談社文庫)

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飢餓海峡

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  • 発売日: 2015/04/28
  • メディア: Prime Video

*1:いわゆる2・5次元演劇とはまた違うが、東浩紀言及するところのアニメ・漫画的リアリズムやゲーム的リアリズムというのは演劇表現にもあり、これもそういうもののひとつだと考えてもいる。

*2:タイタニック号の犠牲者数は乗員乗客合わせて1,513人だったのに対して、洞爺丸の犠牲者は1,155人。数では及ばないものの十分に匹敵すべき規模の海難事故だったことが分かる。

*3:むしろ、私などはミステリ好きであったから「虚無への供物」や「飢餓海峡」に登場する出来事としての記憶が強かったほどだ。