下北沢通信

中西理の下北沢通信

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劇団チョコレートケーキ「一九一一年」@シアタートラム

劇団チョコレートケーキ「一九一一年」@シアタートラム

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劇団チョコレートケーキ「一九一一年」は1911年1月に起きた大逆事件を描いた群像劇である。10年前の2011年*1は事件から100年後ということもあり、それを意識して初演されたと思われるが、初演時は大阪在住であったために舞台を見ていないが、この年は3月11日に東日本大震災が起こり、当時発表された多くの力作が震災後の特異な空気感のもとで、当初期待していたような評判を観客に引き起こすなく不本意な形で上演されたことを記憶している*2
 大逆事件と言えば一般には無政府主義による天皇暗殺を計った幸徳秋水らが死刑になったことで知られているが、本作では事件と裁判を描きながらも幸徳秋水を舞台上には登場させなかった。無政府主義者らのリーダー格だった幸徳秋水が実際に爆裂弾による天皇暗殺計画の実行犯らの動きを実際に指導していたのかについては疑義があるとの説もあり、爆裂弾製造所持で逮捕され、大逆事件の大検挙のきっかけとなった宮下太吉らの計画に幸徳本人がどこまで関与していたのか、ましてや連座して逮捕された殆どの人たちに罪はなく、冤罪なのではないかの疑問を主人公である予審判事、田原巧(西尾友樹)が感じながら、無政府主事者検挙の象徴である幸徳の逮捕と最後には26人にまで逮捕者が膨らんでいくのに悩む姿が描かれている。
 面白いのは事件の根幹をなすと考えられる二人の人物、つまり明治天皇幸徳秋水がどちらも象徴的な形でしか舞台に登場しないことだ。代わりに頻繁に登場するのが被告で幸徳と行動を共にしていた管野須賀子(堀 奈津美)だ。従来は幸徳秋水の単なる追随者のように扱われることも多かった管野を古川健は人々の自由を守るためにはたとえ強行的な手段に訴えるとしても自らの死を賭してそれを成し遂げるべきだというはっきりした意思を持つ革命家として描き出した。
 そして、彼女が自らの命を賭して殺そうとした対象が明治帝。そういう意味では明治帝は管野とは対極的な立場にあるが、その姿を作品に現すことはなかった。ところがこの事件において明治帝は単なる時の権力者を超えた存在感を持つように描かれている。というのはその意図はこの作品のなかで明らかにされることはないが、刑執行においてその直前に死刑執行が予定されていた24人のうちの12人が明治天皇の特赦により、死刑執行を免れ、無期に減刑されるのだ。
 この事件においてもっとも不思議に感じたのはこの特赦がなぜ急きょなされたのかという謎である。それは歴史的事実においてそうであったということだけが示され、その動機、あるいは処刑された12人と刑が軽減された12人の線引きはどんなものだったのかという謎はこの舞台を最後まで見ても明かされることはない。
 古川健はこの作品の後、大正天皇を描いた「治天の君」という作品を上演し、その中には非常に重要な人物として明治天皇もはっきりと描かれるのだが、日本の演劇作品としては珍しい天皇の評伝劇を書かせるにいたったのはこの「一九一一年」での明治天皇の取り扱い方への心残りがあったからではないかと考えてしまった。

脚本/古川 健(劇団チョコレートケーキ)
演出/日澤雄介(劇団チョコレートケーキ)

キャスト
_浅井伸治
_岡本 篤
_西尾友樹
__(以上、劇団チョコレートケーキ)

_青木柳葉魚(タテヨコ企画)
_菊池 豪(Peachboys)
_近藤フク(ペンギンプルペイルパイルズ)
_佐瀬弘幸(SASENCOMMUN)
_島田雅之(かはづ書屋/studio4093)
_林 竜三
_谷仲恵輔(JACROW)
_吉田テツタ

_堀 奈津美(DULL-COLORED POP)

「一九一一年一月、私は人を殺した。」
一月二十四日から二十五日にかけて、
十二人の男女が得体の知れない力によって処刑された。
日本近代史にどす黒い影を落とす陰謀がそこにあった。
何が十二人を縊り殺したのか?

1911年1月24日、25日。12名の社会主義者の死刑が執行された。いわゆる[大逆事件]。

2011年、「あえてこの手垢のついた[大逆事件]という素材に取り組み、新しい視点でもう一度この事件を掘り起こすような作品を上演したい。」という企画意図のもと王子小劇場にて上演。 彼等を葬り去った大日本帝国という大きな権力装置の内部の人間にスポットライトを当てた『一九一一年』はその年の佐藤佐吉賞2011で優秀脚本賞(古川健)、優秀主演女優賞(堀 奈津美)を受賞した。

劇団チョコレートケーキのターニングポイントとなった作品、10年ぶりの再演。

*1:simokitazawa.hatenablog.com

*2:シアタートラムで主要なモチーフがのりピー押尾学の事件というクロムモリブデン「裸の女を持つ男」を4月に見たが、内容があまりにも不謹慎だったため客席が凍り付いていたのを記憶している。もちろん、「一九一一年」はシリアスな歴史劇でありクロムと同列に論じることはできないが、この年に上演された渡辺源四郎商店「どんとゆけ」「あしたはどっちだ」(ザ・スズナリ)への反響の少なさを考えれば初演の「一九一一年」も少なからぬ影響を受けただろうことは想像できる。