いるかHotel 「背中から四十分」*1(HEP HALL)を観劇。
「背中から四十分」は近松門左衛門の「曽根崎心中」を下敷きに畑澤聖悟が書き下ろした戯曲である。弘前劇場による初演では弘前周辺の地域語と思われる言葉で上演されたわけだが、そのことを考えてみると今回その戯曲*2が谷省吾の演出で関西周辺の地域語で上演されたということはなかなかに興味深いことであった。
主演したのがなんと遊気舎の久保田浩で、久保田がこういう巧緻な演技が要求されるストレートプレイに出演しているのは今まで見たことがなかったので、このキャスティングを最初に聞いたときにはびっくり仰天させられたのだが、それが実際の舞台では違和感なく好演していたことには二重の意味で驚かされた。
コミカルな見せ場もないではないが、アドリブなどで無理に笑いを取りにいくことなく、心中を決意して田舎のホテルに宿泊しているしょぼくれた中年男という役柄がこんなことを言うと久保田には失礼だが、意外なほどに板についていて、これは明らかに役者としての新境地を拓いたといえたのではないだろうか。弘前劇場の初演で見た福士賢治とはまったく違うアプローチでの役作りではあるが、こういう役をやらせるとこの人がもともと持っている愛嬌というか、憎めない個性がシリアスで深刻な場面であっても、思わず笑ってしまうようなペーソスとして利いてきて、なかなかいいのである。
相手役の場末のマッサージ嬢を演じる宇仁菅綾もやはり初演の弘前劇場の森内美由紀とはまったく違うキャラなのだが、久保田との釣り合いはとれていて、小さな身体をいっぱいに使ってのその熱演ぶり、奮闘には女優魂を感じさせるところがあった。
この舞台を見るまでは実はこの「背中から四十分」という戯曲は初演で演じた福士賢治と森内美由紀にあてがきしたんじゃないかという印象が強く、それ以外の演じ方とか、キャラクターの作り方というのは想像しにくいところがあった。それで例えば前半部分の演じ方などはコメディーに寄りすぎているんじゃないかと心配になったりもしたし、無理に笑いをとりにいかなくても、しょぼくれた男を演じる久保田浩の存在は哀しいほどにおかしいし、宇仁菅綾も森内のような薄幸の人というよりはコメディエンヌとしての才能が勝るので、爆笑場面でのおかしさは弘前劇場以上のものがあったのだが、下手をすると薄っぺらくなりかねないところをそうならなかったのは脚本のよさであろう。この「背中から四十分」。もう少しいろんなキャストで見てみたいと思った。